第2話 パンツとビンタ

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第2話 パンツとビンタ

「まだお互いのことちゃん紹介してなかったね。楽人くん、彼女がウチのエース弁護士上佐間鷹緒ちゃんね。でこの子は楽人、雅美の甥っ子で総務を担当してたけど今後は鷹緒ちゃんの専属秘書ね」  楽人はスーツで手を拭いてから差し出して握手を求める。  嫌悪感で握手なんて微塵もしたくなかったが、売られたケンカを全て買ってきた鷹緒のプライドがそれをゆるさない。 「どうもどうもーよろしく」 「あのね。上司は私よ、よろしく“お願いします”でしょう!」 「まあまあ、仲良くしてよぉ二人とも。こう見えて楽人くんは仕事ができるからさ」  外見はその人物を語るというが、そういう視点で見た時に下根田楽人という男はまったく信用できない。  100歩どころか100万歩譲って、ボサボサ頭とヒゲは見逃そう。それでもスーツはシワだらけで小汚いし、革靴も汚れすぎてもはやスニーカーを新しく買った方がまだマシのレベル。  そんな男が仕事できるですって? 「BK、前にいたナナミちゃんとケンタくんは?あの二人優秀だったよね?」 「…………えっっと」 「クビっすよ」 「え?」 「物価上がったのに給料はクソ高いんすから、そりゃ2人分の仕事できるやつを雇うでしょ」 「じゃあ、私のオフィスはどうなのですか?あんなミニチュアサイズにするなんて」 「もうバブルは終わったんすよ、鷹緒さんはお金持ちでもBKは違いますからね〜2ヶ月も休暇取っちゃって、BKの手腕が無ければ潰れてましたよね」 「先から何なのアンタ!私は社長とお話してますが?」  楽人の話す言葉はひと単語ごとに鷹緒の逆鱗を逆撫でする。  社長の前でなければ今すぐにでも拳が炸裂していたに違いない。 「BKの代わりに答えてるだけですけど?BKの顔を見てくださいよ、親族が死んだってのにアンタが「どうやって死んだの」「死亡時刻は?」「痙攣してましたか」みたいな質問ばかりするから、どう答えろって言うんですかぁ」 「あのさぁ、私さきビンタの件謝ったよね?まだ気にしてるわけ?今から二人で話すからさっさとここから出て仕事に戻りなさいよ!」 「まぁまあ、楽人くん戻りなさい」 「へいへい!」  鷹緒は大きな不安に襲われた。  楽人の態度ではない、そんなヤバいチンピラを雇ったBKに対して不安なのだ。  つい2ヶ月前までは警察様と超有名人からの依頼を受けていた品格のある事務所だったのに、なんでこんな上下関係の上の字も知らない男を雇ってしまったんだ。 「まぁ、鷹緒ちゃん落ち着いて」 「私は極めて冷静です。そうでなければあの男は今頃救急車に乗ってますからね!何なのアイツ…BKちゃんと見えてますか?あの頭あのヒゲあのクソボロいスーツ!!家でゴキブリでも飼ってるに違いないわ」 「あー見えて仕事はできるから…それにほら、なんだかんだで現状をまとめてくれたじゃないか。何事も慣れだからそのうち慣れるよ」  BKは引き出しから一つ青いファイルを取り出す。書類が大量に詰まっていて厚さは拳ほどある。   「そんなことよりさ、この案件ちょっと急なんだよね…頼める?」  仕事の話になれば多少は冷静さを取り戻せる、BKは鷹緒の特徴を知っていた。  この法律事務所のエースなだけあって、鷹緒の書類を読む速度は尋常じゃない。 「ふーーん、依頼者が離婚するから代表者として代わりに私物を受け取って欲しいのか。わかった、任せて」 「ありがとうね、本当頼りになるのは鷹緒ちゃんだけだから……あっ、そうだ!この依頼主、あの有名なDJリッキンだからマスコミの記者も結構くるみたい」 「BK、私はプロフェッショナルの弁護士です。マスコミが10人だろうと100人だろうと、淡々と仕事をこなすだけよ」  嘘である。  この女、この後すぐにキメ顔を練習するということ以外何も考えてない。  内心ウキウキだ。  自分の個室のオフィスに戻った鷹緒はファイルを置き、2ヶ月も触ってなかったPCの電源ボタンを押す。  まだ楽人に対してのモヤモヤした気持ちが残るが、上佐間鷹緒は公私混同しない女。冷静に振り返ってみると、楽人はああ見えてまだ20歳らしい。社会人になりたてできっと世間知らずなんだ。私が居ない間にPCの引っ越しと設定もしてくれたみたいだし、本当は優しい子に違いないわ。  ビンタの件は水に流して、ここは余裕のある大人のお姉さんとしての振る舞いを見せてあげよう。 「そうよ、鷹緒…あなたは完璧、うん。あんなチンピラなんかのせいで怒ってたらかわいい顔が台無しよ。PCのデータを整理しましょう…………………………下根田楽人ぉお!!今すぐに来い!」 「何すか?叫ばないで内線使ってよ」 「このディスクトップ、何?」  画面に映ったのは鷹緒のお気に入りのラベンダー畑の画像ではなく、複数のボディービルダーがポーズ決めてる画像に変えられてる。 「少しは気が治ったでしょー?」 「私、笑ってるように見える?」 「あれ?もしかして細マッチョが好みでした?」  机を叩くのは法廷で異議を唱える時のみだが、もう鷹緒にとってはどうでも良い。机を思いっきり叩いて立ち上がる。 「この後、私物受け取りの件でお客様が来ます。下根田楽人、あなたはただ座ってるだけでいい。手出しも口出しも許さない!」 「え、俺が追ってたんでフォローはした方が良いと思うっすけど?」 「うるさい!いい?何もするな!」 「は〜い」  お昼過ぎ、BK法律事務所に大量の記者と相手側の弁護士がやってきた。  鷹緒は最高の営業スマイルで彼らを出迎え、工事が完了した部屋で話を進めることにした。 「というわけで、我々の依頼人である帳力弥(とばり りきや)さん、通称DJリッキンですね。彼とあなたの依頼人の高橋愛菜さんとの協議で、私物の受け取りを完了したら正式に離婚をするとのこと、よろしいですね?」 「はい、問題ありません。ただ、品数が多いので先にリストをお渡しします。内容物の確認をお願いしたいのですが」 「ええ、わかりました」 「ねぇ、鷹緒さん俺がやりましょうか?」 「あなたは黙ってて、何も!するな!オーケー?」 「……は〜い」  鷹緒は渡されたリストを目に通すと、あることに気づく。 「はい。ではまずこちら、男性物の下着51点」 「…………一つ一つ確認する感じですよね?」 「ええ、もちろんです」 「いま机にパーと出したパンツ……全部洗ってますよね?」 「え、ええ。多分」  楽人は吹き出さないように両手で口を押さえたが、彼だけでなくその場にいる記者全員も同じだった。  鷹緒はただ憎しみ込めて楽人を睨むことしかできなかった。 「じゃ、じゃあ…上から順で確認します………蛍光色青が一点」 「蛍光色ピンクが一点……白黒模様が一点……マリンブルー横ライン模様が一点……幾何学模様が一点(あぁ、神様。私を殺して)」 「ヒョウ柄が一点……よし、これで最後よね」 「ちょっと待ってくださいよ鷹緒さん!みなさんもよく見てください、これ多分ヒョウ柄じゃないすよね!」 「楽人!アンタは引っ込んでなさいよ!」  鷹緒の怒りとは裏腹に、相手側の弁護士もまたプロフェッショナルである。  柄の違いを見逃すはずがない。 「……確かによくよくみるとヒョウ柄ではなく、トラ柄だ。ありがとうございます!」 「と、とにかく虎柄でおしまいね!」 「では次の私物ですが、今度は女性物の下着63点です……DJリッキンさんのご趣味、だそうです」 「もう勘弁してーーーー!!!」 「これでわかったよな!この楽人様に逆らえばどうなるのか〜♪」  楽人はトイレでサボりながら競馬新聞を読むのが趣味。  上司が下着カウントで絶望する姿がよほど面白かったのか、今日は特別ご機嫌のようですね。  そろそろ叔母にバレる時間なので、さっさとチャックを閉めて個室から出ようとしたその時…  目の前には鷹緒が満面の笑顔で待ち構えていた。 「あ、あの、ここ男子トイレですけど」 「うん、知ってる…………痴漢よ!」    目に留まらない速さのビンタに襲われた楽人はトイレでしばらく気絶した。  10秒ほど。
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