藍色の、彼に。

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ゆいかはカーペットに押し倒された後、けっこう長い時間、町田さんとキスし続けていた。 元彼氏にも、こんなに長時間キスだけをずっとされたことはない。時計を見ると25分くらい経っていた。町田さんはやっと、首の後ろを絞める右手と唇から解放してくれた。私は、少しむせた。 「大丈夫?」とティッシュを片手で、町田はゆいかに渡した。 「あ、ありがとう御座います」 「キスばっかりしちゃったな。考え事してたら、突然我にかえって。何やってんだろうってなった」 「なんで、キスしてくれたんですか?」 え、と町田は一瞬詰まると、申し訳なさそうな、急に弱ったような顔をしてこう話した。 「あれだけ、俺の精神的な深いところを語らされたんだしって思ったら、なんか、キスしたくて仕方なくなった」 そして町田は、異性とキスをしたり性愛の関わりを持ったりすることが人類にとって、如何に壮大なことかを語った。時々、哲学や宗教関係の聞いたこともないような単語や人物の名前が出てきた。名前だけは知っている、というような哲学者の名前も出てきた。 そのような交わりを行うことで、神秘的な力を与え合うというような怪しい論調でもあったが町田の事が好きな上に、不思議な話が嫌いではないゆいかは興味深く彼の話を聞いた。 しかし、この人は時間の流れや星々にうんざりするのに、人間同士の色恋にはそこまでうんざりしていないようだとも内心、皮肉に思った。 いや、うんざりはしているけれど、神話の神々の存在や人生のうつろいとその意味なんかよりは、現世に生きる人間の色恋沙汰のほうが俄然、意味があると思っているようである。 ギリシャ神話に出てくる神の残酷さや理不尽な性格については、ゆいかも小学校の図書館にあった図鑑や星座の本でならば読んだ記憶があった。 よくよく町田の顔を見てみると、少し笑みを浮かべているような表情で照れているようにも見えなくもない。照れ隠しで、こんな小難しい話をしているだけだろうか。ただ聞いていて面白くない話ではなかったので、聞き入ってしまう。 「こういう話、苦手だった?めんどくさいって思われてない?俺」 「いや、面白いですけど。ちょっと、びっくりっていうか」 町田は、ははっと乾いた声で笑い「ほんと、正直だね」と言った。少し、吐き捨てるような言い方でもあった。 話が面白いという部分が全く、伝わっておらず、びっくりという部分だけ取られて誤解されているような気がした。ゆいかは、どうしたら良いか分からなくなりきょどきょどした。 朱いカーディガンを脱いで、ハンガーにかけると、コーヒーの缶とロールケーキの容器をキッチンに捨てに行った。カーディガンを着たまま、私とキスしたのだなとゆいかはふと思い、彼が本当に衝動的にキスをしたんだと分かった。町田が戻ってきて「途中まで送っていくから」と言うので、ゆいかは帰る事にした。
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