300人が本棚に入れています
本棚に追加
58
苛烈な取り立てに耐えかねた御薙の両親は、ある日御薙が学校から帰ってくると、自宅で死んでいた。
警察を呼んだが、遺書もあり、多額の借金などもあったことから、自殺と断定された。
あまりにも唐突な死に呆然としているところに取り立ての男達がやってきて、闇金の事務所に連れていかれた御薙が、本来放棄できるはずの両親の借金を相続するよう脅されていたところに、偶然仁々木組の組長が訪れたという。
欲をかきすぎた闇金が仁々木組の面子を潰すような事をしたらしく、仁々木組の組長、仁々木義彦本人が、落とし前をつけにやってきたのだ。
闇金は、その性質上踏み倒すことを前提に金を借りる者も多い。そんな債務者の相手を続けてきた社長は、当然したたかで、最初はのらりくらりと誤魔化していたが、組同士の抗争などが頻繁にあった時代を生き抜いてきた侠客に本気で睨まれては、ついに折れてぺこぺこと謝罪を始めた。
自分の用を済ませた義彦は、事務所の隅で放置される格好になっていた学生服姿の御薙に目を留める。
そして事情を聞くと烈火のごとく怒り、社長を殴り飛ばした。
「『ガキの人生ぶっ壊して金を巻き上げようなんて、ヤクザでも反吐が出るクズの所業だ。そのツラうちのシマ内で二度と見せるんじゃァねえ』ってな。かっこよかったぜ」
懐かしそうに話す御薙には申し訳ないが、ちょっと先ほど見た姿からは往年の組長を想像できない。
窮地を救われたことで義彦に恩義を感じた御薙は、卒業間際の高校を中退し、仁々木組に入ることを決めたという。
「でも…、組に入ったら取り立てとかもしないといけなかったんじゃないですか?その…嫌じゃなかったですか」
そんな過去があってヤクザになるのはとても辛いことだったのではないだろうか。
だが、御薙の瞳には悔恨の色はない。
「人生に行き詰まった人たちを食い物にするようなダークサイドビジネスが許せないって気持ちは、今ももちろんある。ただ、あの頃はまだ、背は今とそんなに変わらねえが中身がガキだったから、結局何もしてくれなかった警察とか、借金だけこさえてさっさと楽になっちまった父親への反感とかもあって、こっち側の方が明るく見えてたんだな」
義彦をヒーローとして盲信することで、両親とそれまでの生活を突然失ったショックから自分を守ろうとしていたのかもしれない。
キャストをしていると、不幸な身の上話を聞く機会はそれなりにある。
冬耶の人生も、自身の心情のみをクローズアップすれば幸せだとは言い難いが、身近な人の辛い過去を聞くのは、やはり胸が詰まった。
言葉を探していると、御薙の胸元から着信音が鳴った。
スマホを取り出した御薙が「悪い」と断るのに、気にしないで欲しいと首を横に振る。
「はい、御薙…、はい。……え?」
気を遣ったのだろう。御薙は通話をしながら部屋を出ていったが、壁もドアも薄いので、聞こえてしまう。
「三田さんが…?そんな…、先日浦崎のオジキの葬式で会ったばっかりなのに…」
また、誰かが入院したか亡くなったのだろうか。
高齢化が深刻すぎる。
御薙の声をドア越しに聞きながら、先程の若彦らしき人物と倉下の不穏な会話を思い出していた。
「(店長……大丈夫かな)」
荒事も辞さないような口ぶりだったのが気になる。
心配になり、国広に電話をしてみることにした。
そういえば、店に出られなくなってから、国広とは連絡を取っていない。
晴十郎から事情の説明は受けているだろうが、雇用者側からすれば冬耶は無断欠勤を続けている被雇用者なわけで、コール音を聞きながら、怒られるだろうかと不安な気持ちになった。
しかし。
『なんだ。金なら貸さねえぞ』
安定の酷すぎる第一声にほっとすると同時に、電話をしたことを少々後悔する。
本当に、国広はぶれない。
「違いますよ。店長、最近周囲におかしなこととかないですか?」
『お前のひょっとこ以来、うちのSNSに大バズの波は来てねえな』
「いや、店長にとって面白かったことの話ではなくてですね、柄の悪い人たちが『真冬』のことを聞きに来たりとか…」
『…ああ?何だエゴサか?』
「こんな直接するエゴサあります!?」
『別になんもねえからその謎の自意識は復帰した時のキャラづくりにでも、……何だてめえらは』
途中で相手の声音が変わり、ハッとする。
まさか、倉下が来たのだろうか。
『客が来たようだから、切るぞ』
「ちょっ…、店長、」
国広は、電話を切ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!