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赤信号を無視して、右に滑り込んできた乗用車が発進した直後のトラックと衝突した時、尾崎由依は横断歩道で破片が飛び散る様を目撃していた。
ぶつかった車体はそれぞれの進行方向より後ろに押し戻され、乗用車は通過したはずの横断歩道を渡っていた自転車に接触、自転車に乗っていた男性はアスファルトに激しく叩きつけられて、動かなくなった。いつか小学校で教わった交通安全教室で地元の警察官が使用していた人形みたいだ。あの薄汚れた作り物と違って、服の袖から見える肌は綺麗で、生き物を感じられる見た目をしていたのは当然だ。けれど、自らのコントロールを失われ、ほんの少しの抵抗もできずに、それは目の前の車道に横たわった。離れている由依の目でもハッキリ分かるほど、流血の色は生々しかった。
自転車は衝撃で吹っ飛び、派手な音を立てて落ちた。
前のカゴに収まっていた口の開いた買い物バッグも飛んだので、中身は全て台無しだ。野菜も精肉も。慌ててブレーキを踏んだ後車にぶつかって、無残に轢かれた。
たった一人が信号を無視したために全ては壊れた。ブレーキ音、自動車の衝突音、自転車との接触音、男性や自転車や食材が倒れたり、散らばったりする音。それらは何かの映画やドラマで一度は聴いたことのあるものと確かに似ていた。でも、あれらはやはり作り物で、目の前に広がる光景が正真正銘の交通事故だった。
食材のいくつかは由依の足元にも転がっていた。穴の開いた白砂糖の袋。泡立った緑茶のペットボトル。あとは一瞬でゴミになった卵のパック。殻は全て割れている。
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