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5
両親の寝室で誠人を見つけた日。中学校から帰宅した由依は誠人と会話をしなかった。できれば、夕食にも手をつけたくはなかった。
けれど、流石にお腹は空くし、そこまで全てを拒絶して、勘づかれるのも怖かったので、我慢して、汚らわしい男の手料理を口に入れた。
しかし、プリンは断った。
よくよく考えてみればそれは大した味ではなかった。コンビニで買えるものの方がずっと舌触りは滑らかだし、手頃で後処理も簡単なのは間違いない。
プラスチック製の容器に入ったプリンをプラスチック製のスプーンで食べ切って、全部ゴミ箱に捨てればいい。それだけなのだから。
「どうしたの? お腹痛いの?」
「はい。ちょっと」
誠人は少し残念そうだった。
しかし、その表情が由依にとっては腹立たしかった。それと同時に、近づきすぎた関係をいきなり遠ざけるのは何かを知られたと疑われるかもしれないので悩ましかった。
まだ中学校を卒業するまでの月日は長い。お風呂の湯舟に浸かりながら、部活動の愚痴を話す人がいなくなってしまったことを残念に感じ、今後、母と誠人にどう接すればいいかについて、由依は考えていた。
しかし、答えは出なかった。
翌朝、由依は両親の寝室を遠ざけながら、キッチンで珈琲を淹れている母に挨拶をして、トーストとホットミルクを平らげ、いつものように家を出た。
無理にいつもの自分を演じた気がする。
これで家に帰れば、誠人がいて、またいつもの自分を演じなければならない。大きな秘密を抱え、とても窮屈な生活が始まったことを由依は実感した。
けれど、帰宅しても、誠人の姿はなく、小さな置手紙があるだけだった。
『買い忘れた食材があるのでスーパーへ行ってきます』
由依は部屋で着替えを済ませ、しばらく誠人の帰りを待った。
でも、誠人は帰ってこない。急に心配になって、由依は家を出た。スーパーまでは目と鼻の先なので、わざわざ自動車を出すこともしないはずだ。十字路の横断歩道で信号を待った。すると、横断歩道の向かいで自転車に乗っているのが誠人であることに気づき、由依はホッとした。
叔父は何をやっているのだろうか。買い忘れとは言えないほど、見るからに沢山の食材を積んでいるように見える。呆れて、立ち尽くしていると、自動車の信号が青になった。一台の乗用車が猛スピードで通り過ぎていき、誠人が自転車をこぎ出した。誠人はようやく由依の姿に気づき、笑みを見せた。
「由依ちゃん。たぶん気づいていると思うんだけど、今夜話せないかな?」
突然見つけた由依の姿に慌てて、誠人が早口で話しながら、向かってくる。でも、今夜、誠人が言おうとしたことを由依は知らない。
この先も知ることはない。
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