たまごですね

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「どうしたの?」 2人のお気に入りのロールケーキが 明るい会話を仲介した後 薔子姉さんが不意に尋ねた。 蘭は左肩を見せると 「これの正体が知りたくて。」 と、薔子姉さんの大きな瞳を見つめた。 「薔子姉さんのラボ、使わせてもらってもいい?」 薔子姉さんはお父さんの総合病院の研修室で 日々研究を重ねている学者だ。 本業はお父さんの病院で行われていたが 趣味で自分のラボも持っている。 「いいわよ。  ただし、衛生管理には気をつけてね。」 しっかり念を押してからラボのロックの認証を設定してくれた。 「さてと・・」 機材の使い方は知っている。 あとは採取とデータ回収の忍耐勝負だ。 「どこから調べようかな・・」 採取の前に柊兄さんのところへ足を運んだ。 「柊兄さん、  こないだの私の肩のレントゲンが見たいんだけど・・  あと、数値も見せて欲しいの。」 この日から、蘭の肩のたまごの研究が始まった。 結果を見ては分析し たまごが消える為の実験も何度となく繰り返した。 肩のたまごの中身はゼリー状の液体だった。 たまごを覆っている表面の皮膚が少し固いだけで 異常は見られない。 何もかも正常で このゼリー状の正体は掴めずにいた。 もちろん担当医の元へ尋ねにも行った。 『たまごと言ったのはただの比喩です。  大きなコブだったので蘭さんが  気になさらなうようにと思いまして。』 一応、柊兄さんにも聞いた。 『コブだろ?』と、意地悪く笑ったので蹴飛ばしてやった。 「なんか、気になるんだよなぁ。」 蘭はたまごを撫でながらなんとなく遠くを見ていると 看護師たちが楽しそうにコーヒーを飲んでいるのが見える。 と、その時 一つだけ試していない事がある事に気が付いた。 注射器で少し、肩のたまごの液体をシャーレに移し 小指の先で触れるとペロっと舐めた。 「わお!」 思ったより甘くて美味しい。 そう、まだ服用していなかったのだ。 試したくて試したくてうずうずが止まらない。 キョロキョロ辺りを見渡したものの・・ 「あ・・」 人には見せられないような顔でニヤついた蘭は一目散に家に帰った。 今日は柊兄さんが休みで家にいる。 この時間なら間に合う。 自転車をかっ飛ばして汗だくで家に着くと 門扉を抜けた先に続く 手入れの行き届いた芝生の先に見えるリビングダイニングで 柊兄さんが優雅に食事をしている場面を窓越しに捉えた。 自転車を放り投げてキッチンに駆け込むと 隠し棚から秘蔵の下剤を取り出した。 柊兄さんのマグカップにそれを数滴たらすと 身支度を整え、何食わぬ顔で飲み物を手に柊兄さんの元へ 「柊兄さん、お食事は済んだの?」 「・・今、終わったとこ。」 「コーヒー飲む?」 柊兄さんは食後にコーヒーを飲む習慣がある。 蘭が手渡すと軽くお礼を言って早々に口をつけた。 「で? どうよ? コブの研究は?」 ニヤニヤした面持ちも 爽やかな面立ちのおかげで人生得してるタイプだ。 蘭は自分もお気に入りの香り豊かなハーブティを口にした。 「欲しい答えはまだ出せないんだよねぇ・・」 と、語尾に余韻を持たせて背中を向けた。 今の蘭の顔を柊兄さんに見せるわけにはいかない。 これから起きる事が予想されて興奮で顔がニヤけて仕方がない。 柊兄さんが被験者になるまであと数分・・・ 「いっ・・」 のんびりタブレットを眺めていた柊兄さんが突然お腹を押さえた。 『きたっ!』 興奮を見せないように、できるだけ心配そうに 「どうしたの?」 と、話しかけた蘭に 「ちょっと・・お腹が・・」 そう言って、爽やかな面立ちを歪めて訴えてきた。 蘭はすかさず 「柊兄さん、これね効くよ。」 必死に真顔を維持しつつ リビングの薬棚から出すふりをして自分の服のポケットから出した 蘭のたまごから抽出したゼリー状の液体が入った小瓶を渡した。 柊兄さんは 「なんだ? また薔子がなんか作ったのか?」 と、怪訝そうにしながらも小瓶の液体を一気に飲み干した。 「なんか・・美味しいな・・」 ぶっっ・・! 蘭は興奮が頂点を迎え、思わず吹き出した口元を両手で覆った。 しばらくお腹をさすっていた柊兄さんが トイレに行こうかと立ち上がったと思った・・その時 「お?」 『なになに?』 蘭は瞳孔が開いたキラッキラの瞳で柊兄さんの言葉を待った。 「・・・治った。」 瞬間、雄叫びを上げて拳を突き上げた! ・・気持ちを脳内に留めて 「よかったね。」 と、優しく微笑んで 飲みかけのマグを手に退散した。  
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