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一通り洞窟内を歩き回ったが、石碑は一つも見つけられなかった。壁の亀裂を文字と見間違えたのだろうか? バーで意気投合した観光客からの情報だと相棒は話していたが、石碑の場所くらい聞いておいてほしかった。
ちょうどその時、洞窟の奥を調べていた相棒が声を上げた。
「どうした?」
「魚だ」
「魚?」
見ると床の一部が窪んでおり、そこに溜まった泥水の中を一匹の魚が泳いでいた。小さな灰色のそれは鯉のように見える。
「鯉か?」
「どうだろう。この下に水脈があるのかもしれないね」
俺はどうにもその魚が気になった。碑文の当てが外れたので、何でもいいから戦利品を持ち帰りたかったのかもしれない。作業道具一式を入れていたバケツを空にして、そこへ件の魚と泥水を掬い入れた。
「帰り道で干からびるぞ」
「こんな水溜り程度の泥水じゃあ、どの道長くないさ。それより、他に発見はあったか?」
「うーん、貯蔵庫だと思いたいけど……」
「何だよその妙な言い方は」
「地下牢、かも?」
相棒の言葉を聞いた途端に冷や汗が流れ落ちた。先程まであんなに暑さに悶えていたのに、洞窟の中は肌寒いほどに冷え冷えとしている。
「現存する井戸の場所からして、かつての町はここから随分離れた場所にあったはずなんだ。なら、こんな場所に貯蔵庫を作るか?」
「けど、牢なら他にもあっていいはずだろ? ここにたった一つだけ、しかも大きさ的に一人用だぞ」
「そうなんだよね、こんな場所にわざわざ牢を作るより死刑や追放の方が楽なのに。大罪人だけど、殺すことはできない高貴な存在だった? それとも……」
相棒がまた独り言モードに入ってしまう。俺は腑に落ちなかった、ここが牢屋ならもっと引っ掻き傷や日付を数えた跡があるのではないか?
それこそ、神への懺悔の言葉を刻んだり。
––––大罪人だけど、殺すことはできない高貴な存在
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