年上の女性

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年上の女性

 大勢の見送りのなかに、ひそかに慕うあの女性はいない。アグネス・カールスは多忙な商人の妻であるから、なかなか家から出られないのだろう。もしかしたら嫉妬深い夫が疑いをかけたのか。憐れな夫人は僕を想って涙にくれているのではないだろうか。聞くところによると、十以上年上の夫氏は彼女にぜんぜん釣り合わない、品のない男ということだ。  歌手として女性として比類ないカールス夫人に出会えたことは、幸せなことだった。艶やかなソプラノに僕の心は持っていかれた。艶やかな黒髪を結い上げ、衣装に包まれても隠せない豊かな体つき。男なら誰でも魅了される。  光栄なことに彼女の歌の伴奏を努めたので、気持ちは手に取るようにわかる。彼女にとって僕は特別だ。そう感じながら何事もないようにふるまうのは、耐えがたいことだった。しかし、初から叶わない相手だとわかっている。     せめて郷里を離れる最後に、彼女の姿を認めることで心を慰めたかった。
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