甘い もくろみ

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 成瀬の憶測が確信に変わったのは、その翌々週。  再び食事会が催されると聞いたとき『何か意図がある』と感じた成瀬は、緊張の面持ちで松岡の自宅へ向かった。『牛すき焼き肉をもらった』の言葉通り、テーブルには すき焼き鍋が、その横には玉手箱のような木箱が鎮座していた。  パカっと開けると歓声が上がる。中にはきめ細かい霜降り肉が艶やかに光っていて、一同の瞳が爛々と輝いた。 「病院を辞めたのに こんな立派な贈り物が届くんだから大したもんです」 「うん、ありがたい」 「今度はどちらから?」 「う~ん、知り合い」 「そりゃそうでしょう。兎に角、お金持ちで太っ腹な知り合いばかりで羨ましいです。ちゃんとお礼してますか?」 「この前、ここの棚田米を送ったら喜んでたよ」 「安上り過ぎません?」 「特産物でいいんだよ。『どんな所に住んでるんだ?』って思っているだろうから。相手もお返しを期待しているわけじゃないし」  そんなやりとりがあったのち夕食が始まったが、今回も嬉しそうに箸を進める津原にせっせとビールを注ぐ松岡の様子が幾分違っていた。前回のように褒めたりヨイショするばかりではなくて…… 「連日付き合ってくれてありがとう。今日、ご主人は?」 「組合の人たちと飲み会だったんで丁度ようございました。また、食べきれない贈り物が届いたら呼んでくださいな」 「そりゃ助かります。僕も食卓が賑やかになって嬉しい」 「いつも一人ですからね」 「若い頃と違って、年を取ってからだと侘し過ぎるよ」 「再婚でもなさったら? でも、この村で相手を探すのは難儀でしょう」 「結婚はもういい。だけど、一緒にご飯を食べてくれる相手は欲しいな」 「週末、成瀬さんとこで食べてるでしょ?」 「あれは楽しいね。時々大家さんも呼んでワイワイするのは和む」  そこまで言うと、成瀬にチラリと視線をよこした。鍋に箸を伸ばして半煮えのA5等級・最高級霜降り肉を掬っていた成瀬はギクリと身を縮める。 「本当は毎日でもいいんだけど、彼が乗り気じゃないんだ」 「乗り気じゃないなんて!」と成瀬が慌てて応戦すると、津原が 「そりゃあ、家に帰ってゆっくりしたいですよ。でも、遅く帰ってからの夕飯の準備って面倒くさくない?」 「そこにあるものを適当に食べてます」 「もう五十なんだし大病した後なんだから、ちゃんとしたものを食べないと。あなたの分くらい作ってあげるから、帰りに先生のとこへ寄って来なさいよ」 「津原さんの手を煩わせるわけには」 「一人分作るのって非効率なの、材料費も光熱費も労力も」  よもやまさかの展開に、成瀬が口をあんぐりさせていたら、松岡が爆弾を投下した。 「ついでだから越して来るってのはどうだろう。ほら、二階も空いてることだし」 「まあまあ先生、いくら気が合うからって仕事以外で顔を合わせるのなんて嫌よねぇ、成瀬さん」 「そんなことは……」 「もし、成瀬君が引っ越して来ることになったら津原さん的にはどうなの? 食事以外の面倒は見ない。二階はノータッチという条件で」 「別に構わないけど」と、豪勢な夕食と酒で太っ腹になった津原が答えると、すかさず松岡が 「じゃあ、この話進めても」 「でも、この家は村の所有だから許可をもらわないと。光熱費はもちろんだけど、管理費なんてのも聞いておいた方がいいんじゃないかしら?」 「村の方には『時間外診療が大変で成瀬君に手伝ってほしいから』と伝えます。あっちだって、空いている部屋に人が住んで家賃収入が入れば喜ぶんだろう」  自分のことなのに蚊帳の外。二人で勝手に話しがまとまる様を呆然と見ていた成瀬に津原が 「どんどん話が進んでるけど、成瀬さんはどうなの? ああ、もう先生と話がついているのね」 『なんにもついてないんですけど~ぉ!』と心の中で訴える成瀬を無視した松岡は 「そうなんです。津原さんがどう思うか心配で言い出せずにいたんですけど承諾していただけて安心しました」  そう言って満面の笑みを浮かべると、津原の空いたグラスにビールを注ぐのだった。
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