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その、数日前。
寝静まった自宅の縁側で、煙草の煙を吐き出す惣介がいた。
庭からは鈴虫の声が絶え間なく鳴り響いている。
(そろそろ、寝るか……)
惣介は手に持っていた煙草を灰皿に押し付けた。肺に残っていた煙を庭に向けて吐き出し、眠っている娘、菜月(なつき)の横に腰を下ろす。
(汗かいてるな……布団、暑いのか?)
そばに置いてあった額を手ぬぐいで拭いて、少し布団を剥いでやる。
「あんた」
「ん?」
奥のふすまが開いて、惣介の母、光子(みつこ)が出てくる。
「今日も菜月が気にしてたわよ、あんたが暗い顔してるって。まだ、志摩子(しまこ)さんのこと、言わないつもり?」
「……」
(自分の中でも整理できてね―ことを、どうやって娘に話せっていうんだよ……)
「……あのことは、もう少ししたら話すよ」
「あんたが落ち込むのも分かるけどね、そろそろきちんと話してやらないと、逆に酷よ」
そう言いながら、惣介の脳裏によぎるのは。
『惣介、さん……愛しています、ずっと。菜月のことを、頼み……ます』
腕の中で亡くなった妻、志摩子の姿が眼前に浮かぶ。この腕の中で、血にまみれ、涙ながらに訴えてきた妻の姿。
(結局、俺の時間もあれから止まったままだしな……)
入署以来、誇りを持って続けてきた刑事という仕事。妻を亡くした事件以来、かけがえのない命を奪った銃を握るのが怖くなった。
その状態で職務につくこともできず、惣介は刑事の仕事を辞めた。
「あんたもそろそろ、立て直しなさい。志摩子さんのことを忘れられないのは分かるけど、いつまでもそうしているわけにはいかないじゃない」
「……ああ、そうだな」
心配そうに眉を寄せる母親の顔を、見ていられなくなる。
「頼むわよ。うちだって、無限にお金があるわけじゃないんだからね」
「……分かってるよ。そろそろ金を工面しないとな」
おそらく、今日一番言いたかったことはこれだろう。
「なんか、金のあてはあるの?」
「……ああ。多少、強引な方法だけどな」
(ここらで、どうにかしねぇとな。いつまでもこんな姿、菜月にも見せられねえし)
(明日、署にでも行って、あいつに掛け合ってみるか)
あぐらをかいていた足をほどき、畳に寝転がって天井を見上げた。
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