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体は薄く、頬も唇も色が悪い。まつげは長く、唇が薄い。横から見ると高い鼻とまつげの影が頬に落ちて、いかにも美男子である。
着ているシャツの生地の質はそれほど良くなく、体も華奢で色が白いところからして、あまり健康とは言えなさそうであった。
(それにしても、警察から隠れる理由があるのか? それにこの血……何か事件に絡んでいる?)
しかし、人を殺して逃げてきたと言うほど、鬼気迫った様子でもない。警察をやり過ごすと、男は小さな息をついた。それにあわせて、惣介も口を開く。
「……お前、どうしたんだ? 警察から隠れる事情でもあったのか」
「いや……ちょっと具合が悪かっただけです」
歯切れの悪い回答に、惣介は質問を重ねる。
「それ、お前の血か?」
「……そうです」
「なら、どこが悪い? 言ってみろ」
「……いや、別に……」
事情を話そうとせず、目も合わせようとしない様子から、何か後ろめたいことがあるのだあろう。惣介はこれ以上問答しても無駄だと悟り、大きな息をついた。
「さっき、隣の屋敷で殺人が起きた。警察もすぐそこにいる。俺だって、元警察だ。怪しいやつだったら、俺はお前をそのまま野放しにはできないんだよ」
「元警察? 殺人って、そんな……別に僕は、人を、殺めたわけではないです。ただ、……ちょっと、事情があって……」
視線を不安そうに泳がせている様子を見ると、やはり悪人とは思えない。長く刑事をやっていたときの勘が、この男に嫌疑をかけるのを嫌がっている。
「あのなぁ……その事情が言えないものなんだったら、俺はお前を見逃すことはできねーんだよ。事件現場の近くで不審な動きをしていたやつを、みすみす逃がすか?」
「でも……」
「とにかく、詳しい事情を――」
「おい! そこに誰かいるのか?」
そう声をかけられ、男と惣介は同時に振り向いた。さっきやり過ごした警察たちだが、書けてくる足音がする。
「どのみちこうなりゃ、署で話を――」
「やめてください」
「うおっ」
男は惣介の襟元にすがり、哀れみを誘う表情で訴えてきた。
「人には言えない事情があるんです、どうか……言わないでください」
「……」
「お願いします……」
「……しゃーねぇな」
惣介は自分の着ていた黒い着流しの袖で、静の口元を拭った。
「その血は、疑われるには十分だからな。その代わり、後で事情を話せよ」
「お前たち、そこで何をしている!?」
警察たちがやってきて、二人をランプの明かりで照らす。
「まぶし……」
目を細めると、中山と何人かの警察が立っていた。
「惣介か……お前、何してる? 邪魔するなと言っただろ」
「ああ~、悪ぃ悪ぃ。ちっとそこで親戚と出会っちまってさ。つい大声で喋りすぎたよ」
「全く、人騒がせなやつだな。さっさと戻れ」
「はいよ。ほら、行くぞ」
惣介は立ち上がり、指示に従うよう男に目配せをした。一瞬迷ったものの、警察の前で怪しい動きはできないと察したらしい。男もすぐに、惣介のあとに続いた。
「あの……ありがとうございます」
「うん?」
後ろからついてきた男が、惣介に声をかけてくる。
「一応、礼です。かばってくださったので」
「別にそんなもんいらねーよ。お前をそのまま放っておくわけにはいかねーってだけだ」
「……そう、ですか。ありがとうございました」
頭を下げ、すぐさまその場から逃げようとする男の腕を惣介が掴む。
「おい待て」
「なんですか?」
「お前も来るんだよ。お前は今から俺と一緒に屋敷に戻って、事件が解決するまでそばにいるんだ」
「はい? なんですか、それ。僕は何もしてないのに」
「それが証明できねーからまだお前を逃すわけにはいかねーんだろうが」
「……そんなの、卑怯だ」
少し拗ねた横顔を見て、惣介はふんと鼻で笑った。
「すぐに事件、片付けてやるから」
「本当ですか?」
「ああ。それからお前のことを取り調べる……と、そういやお前、名前を聞いてなかったな。なんていう?」
「……静(しずか)です」
「へえ。俺は惣介だ。好きに呼べ」
「……別に、呼びませんけどね」
(こいつ、生意気な……)
つんとした態度でよその方を向く静を連れて、惣介は野崎邸へと戻った。
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