野崎低事件。

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惣介が静を連れて屋敷へ戻ってきた頃、ちょうど容疑者への質疑が行われていた。 「ええ。私は小次郎さんと、一緒に寝床におりました」  小次郎の愛人である容子は、重い二重で、口元のほくろに色気のある女だ。声も高すぎず、秋雨のようにしとやかである。 「ねえ、ちょっと」 「あん?」  振り返ると、不安そうな視線を向ける静と目が合う。 「僕はここにいればいいんですか? 部外者でしょう」 「俺の親戚で通ってるから大丈夫だろ」 「……そうですか。分かりました」  不満げな静を見遣って、惣介は死体の横にしゃがみこむ。そばで行われていた事情聴取から、息子は自室、そして下女は洗濯をしていたらしことが分かった。  小次郎と容子が一緒になって洋間へ戻ってきた際、倒れている久を見つけたという。  話を聞きながら、惣介はもう一度久の死体を検めた。 (頸動脈を切られたあともがいた跡なのか、衣服に血がついてる。その左の薬指には桜形縦詰め、十八金。ずいぶん古い指輪だな……)  薬指にはめていたその指輪は血で汚れてはいるものの、毎日磨かれていたのであろう輝きが見て取れる。 (何か確たる証拠を……見つけねーとな)  他の証拠を探しに行こうと洋間を出ると、すぐ後ろから静がついてきた。 「どうした」 「俺から離れるな、って言ったのはあなたでしょ」 「ああん? そうだっけ?」 「それにあの部屋、血の匂いがきつくて嫌なんです。知らない人ばかりだし……居心地が悪い」 (本当の理由はそれか……) 「だったらついてこい」 「そうします。というか、早く解決するんじゃなかったんですか?」 「まだ証拠がねぇんだよ。証拠を揃えて、自白をさせる。それが俺のやり方だ。凶器とか、返り血を浴びた服とか、そういうもんが必要なんだよ」 「……なら、早く庭と二階を調べてください。庭の方と二階から、血の匂いがします」 「庭と二階だと? 血の匂いってお前……狼でもあるまいし」 「いいから。早く解決してくれるんでしょう?」 「……お前、この事件について何か知ってるなら、すぐに吐け」 「知りませんよ。ただ……僕は、異常に鼻がいいんです。血の匂いならすぐ分かる。疑うなら、さっき言った二箇所を調べてください」 (なんだ、こいつ……さっきから妙なことばかりじゃねえか……)  そう思いつつ言われた通り寝室へ入ると、腰くらいの高さの箪笥の上に、いくつかの写真立てが置かれているのが目に入った。  惣介はすぐさま近寄り、目についたものを手に取った。 (ずいぶんと若いな……。指輪はこの頃に買ったものか)  並んだ夫妻は、幸せそうに揃いの指輪をこちらに見せている。 (あの男、指輪なんかしてたか――)  そう思いながら周囲に視線を向けると、すっかり変色した揃いの指輪が目に入った。 (妻との指輪も外しちまって……。思いは持ち物にも表れるってわけか)  近くの宝石箱を開けると、まだ新しいホワイトゴールドの指輪が仕舞われていた。しかしこちらも、手入れがされていないのかくすんでいる。 (この指輪、さっきどこかで見たような気がすんな。しかし、二つも指輪を買ったのか?)  変色しきった指輪をハンカチーフで包んで手に取り眺めていると、隣から静が手元を覗き込んできた。 「何見てるんですか。指輪?」 「ああ」 「変色しきっていますね。手入れをしないんでしょうか」 「……さあな。金持ちは、あまりものに執着しないのかもしれねぇな」 「へぇ。それより、この箪笥の奥から血の匂いがします」 「この奥?」  惣介は箪笥を手前に引き、その後ろにできた隙間を覗き込む。すると、そこにはべったりと血のついた男物の羽織がくしゃくしゃに丸めて押し込まれていた。 「お前、何者だよ……」 「……あとで聞くって約束でしょ」 「分かったよ。あとから必ず聞くからな」 「……ええ。それより、あとは庭です。もっと近づけば、細かい位置も分かりますから」  よほど早くこの事件を終わらせたいらしい。静にせっつかれながら、惣介は寝室をあとにした。
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