リーザと鏡の貴公子

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「なんだリーザ、また自分に見とれてんのか?」  ヒューゴが呆れて笑う。鏡をながめてボーッとしてたあたしは、イスの上で飛びあがった。 「こ、この鏡だとかわいく映るの! お化粧もうまくいくし、ほら見て」 「お前はいつでもいい女だぜ。顔も身体もな」 「うるさい触るなさっさと出かけろ」 「えっ」 「うふん、なんでもないの。新しいターゲットと商談でしょ? かわいいあたしのために、がんばってむしりとってきてね」  あたしはむさ苦しい巨体を押し出してドアを閉めた。やっと本物の笑顔になれる。 「これでふたりきりよ、貴公子さま」  運命の出会いから一週間。あたしはヒマさえあれば鏡に張りついた。  こんなつもりじゃなかったのに、彼が今どうしてるか気になってしかたなくて、 「ちょっと見るだけ」 「あと一回」 「今度こそおしまい」 をかさねていく。鏡の魔法に回数制限はなくて、宝石をささげればいくらでも応じてくれた。  ただし、彼に会えるかどうかは運だ。  鏡の中には、いろんな男がランダムであらわれる。知らない顔も知ってる顔も。前にヒューゴのパシリしてたやつがげっそりやせて雑巾みたいな姿で登場したときは大笑いしちゃった。 「なにこれ、囚人服? 捕まってんじゃん!」  そんなお楽しみもあったけど、やっぱり貴公子さまに会いたいの。彼のほかはぜんぶハズレ。ヒューゴのにやけ顔が映ると特にむかつく。 「いやそれ毎日見てるし。貴重なチャンスを非レアなヒゲ面で消費すんな」  文句いったら三連チャンでヒューゴきた。  なんなのこの鏡。奮発してダイヤのネックレスあげたのに。豚毛のブラシで殴ってこなごなにしてやろうか。ううんだめだめ、麗しの貴公子さまに会えなくなっちゃう。我慢よリーザ。  鏡が意地悪なぶん、彼の尊さはうなぎのぼりだった。  本とか読んでるっぽい伏し目の顔。  なにか話しあってるっぽい真剣な表情。  書きものするとき、羽ペンのほわほわした先っぽで頬をなでる癖があるのを発見して、あたしは羽になりたいと願った。  自分がこんな乙女になるなんて信じられない。  彼のなにもかもが心をとろけさせてくれる。ほんと大好き。好きすぎて飛べそう。 「あーあ、なんてお名前なんだろ。どこ住み、お城? ぜったい声もかっこいいよね、一回でいいから笑ったとこ見たいなあ……」  想いは募る。  そしてあたしは課金する。  宝石箱の中身がどんどん減って、二軍を溶かしたら一軍の出番。とっておきの品も迷わずつぎこんだ。  こんなんじゃ長く続かないってわかって、ヒューゴのごきげんとっておねだり連発して、それでも足りない。家にある壺とか売りはらって資金にした。行きはこっそり、帰りはスキップ。宝石仕入れて鏡へGO!  もちろん隠れてうまくやった。  けど、現役の裏社会人・ヒューゴの目はあざむけなかった。  数日後の夕方。あたしは鏡の前で質屋の清算書を開封してた。 「はあ、お金ない…… このペーパーナイフ、いくらで売れるだろ」  思っただけだよ、やらないよ。日用品まで削りはじめたら末期だよね。  憂鬱にナイフをながめてると、玄関のドアがあいた。このやかましい開け方はヒューゴだ。帰りがはやすぎる。  嫌な予感がしてふりむいたら、彼が無言で詰め寄ってきて、肩をきつくつかまれた。凶悪な形相がすぐそこでうなる。 「リーザ。お前、男ができたな」 「……なんのこと?」 「しらばっくれんじゃねえ! 金目のもんからっぽにしといて言い逃れできると思うなよ。どこのどいつだ、お前が貢いでやがるのは」 「そんなの知らないっ」 「どうせ顔だけの若造だろう。口説き慣れした詐欺師に決まってる」 「もうやめて。そんなことしてないって言ってるじゃない」 「そうか、吐かねえか。まあ誰だっていい、探し出してブチ殺してやる」  ヒューゴの目がすわってる。この人は本気だ。  けどあたしだって本気。貴公子さまを殺すなんてぜったい許さない! どうしたら彼を守れるの? 「そっか、()ればいいんだ!」 「えっ」  あたしは握りしめてたペーパーナイフをヒューゴの首に突き刺した。ヒューゴはカッと目を見開いて、あっけなく倒れた。  恐怖、さびしさ、それと達成感。大の字で絶命した彼に、涙ぐみつつ語りかける。 「貴公子さまとめぐり会わせてくれてありがとう。あなたとの日々は、真実の恋のためにあったんだね…… 約束するね、あたし、もっとしあわせになるから」  それから売れそうなものをすばやくかき集めて、大切な鏡を抱いて、夕日の町へ飛び出した。  あたしの選択は正しかった。  家を出てから、貴公子さまが映る確率がぐんとアップした。節約生活で安宿にしか泊まれなくて、ベッドがボロくても、すきま風でカゼひいてもかまわない。つぎこめるものはなんでも鏡につぎこんだ。  金貸しヒューゴ殺人事件は、いちおう保安隊が捜査してる。けど心配いらない。第一容疑者のあたしとすれ違っても、あいつら気づきもしなかったから。  あたしは自由に貴公子さまを愛せるようになった。  はじめのうちは、実物の彼を探そうとした。でも食費切りつめてて、歩きまわる力が出ない。  結局、 「手がかりが映るかもしれないから」 って言いわけして鏡にのめりこんだ。  お金はすぐに底をつきる。あたしは頭かかえた。  できる仕事なんて愛人くらいしかないけど、今のあたしには貴公子さまがいる。ほかの男に媚びるとか、ましてや身体を売るなんて絶対イヤ…… 「そっか、盗ればいいんだ!」  あるところにはいくらでもあるんだから。いっぺん始めてしまえば流れに乗るだけ。あたしは留守の家をねらって町を徘徊するようになった。  そんなある日、貴公子さまがはじめて微笑んでくれた!  真っ白な雪がとけた瞬間みたいな、清らかな笑顔。あたしには彼の言いたいことが聞こえた。  “こんなにも僕を愛してくれて、ありがとう”  頭おかしくなりそうなくらいうれしかった。あたし泣きながら鏡にキスした。  もっとあの人を知りたくて、もっと会いたくなる。彼もあたしに応えてくれて、毎回顔を見せてくれるようになった。  何日たったかわからなくなったころ、あたしは人を殺した。  民家に忍びこんで物色してたら、おばあさんとはちあわせて、とっさに花瓶で殴り倒したの。おばあさんが倒れるとき、しわしわの手の中で結婚指輪がキラッと光って、あたしはまたひらめいた。 「そっか、身につけてるものも盗ればいいんだ!」  ポケットさぐって小銭ゲット。ヒューゴのときには気づかなくて損しちゃった。  あたしは宿を転々としながら何人も殺した。  身ぐるみ剥いで宝石に変えて、盗みに入ってるときと眠ってるとき以外はほとんど貴公子さまとすごす。満ち足りた暮らしだけど、完璧なしあわせを邪魔するものがふたつあった。  彼にふれることができない苦しさ。  それと、誰かに彼を奪われてしまうんじゃないかっていう恐怖──  恐れてた日は、前ぶれなくやってきた。
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