リーザと鏡の貴公子

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「ちょっと、どきなさいよ」  昼下がりの市場、あたしは人を押しのけて道を急ぐ。  鏡を宿に置いてきたから、一秒でもはやく宿に帰りたかった。  いつもは持ち歩いてるんだけど、さっき盗みに入ったのは数階建ての集合住宅。壁をよじのぼるときに割れたら大変だと思って、隠しておいた。  部屋に飛びこんで、息をきらして床板をはがす。 「ただいま、貴公子さま……」  心臓が冷えた。笑顔が凍った。  ない。  鏡がない、消えてる。 「う、嘘、そんなわけない。しまうところ間違えただけっ」  部屋じゅう引っかきまわしても見つからない。あたしは髪をかきむしって絶叫した。 「泥棒、泥棒よ! あたしの鏡を、あの人を盗んだのは誰!?」  廊下に転がり出ると、下の階が騒がしかった。怒鳴るような声、足音がたくさん。  もしかして、泥棒がつかまったの?  すると誰かが階段を駆けあがってきて、ひらりと姿をあらわした。 「あっ……!」  あたしは雷に撃たれたみたいに立ちすくむ。  紺色のマントをなびかせて、貴公子さまがそこにいた。  深い青の瞳、亜麻色の髪。  すらっとした身体。  あたしを虜にした姿そのもの。  現実でも鏡の中でもどっちでだっていい、目から涙が噴き出した。 「よかった、会えた、また会えたね! もう二度と離れないから。あたしの、あたしだけの……」  よろめく足を踏み出した瞬間。  彼が優雅にサーベルを抜いて、あたしの鼻先に突きつけた。  あたしは彼を見る。彼もあたしを見てる。  夢にまで見た美しい唇が、はじめての言葉をくれた。 「都市保安隊だ。連続強盗殺人の罪でお前を逮捕する」
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