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少し早足になりながら、弓道部の部室に向かう。
近づくにつれて、ぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。
…やっぱりもう部活は終わってるみたいだな。
弓道場ではなくこちらに来て正解だったらしい。
俺も最初は、マネージャーとして綾と一緒に弓道部に入部することも考えた。その方が綾と長く一緒に居られるし、サポートも出来ると思ったから。けど、綾人気のおかげでマネージャー志望の人は有り余るほどいたし、正直、部活まで俺が引っ付いてきたら、綾に鬱陶しがられるかもと思って。
「七瀬って、春川陽葵と付き合ってるんだろ?」
部室の前で綾が出てくるのを待とうと、ドアのすぐ側で壁に寄りかかったときに、それは聞こえた。
自分の名前が飛び出てきて、思わず体が少し強張る。盗み聞きは良くないよな、と少し離れようとしたとき、聞こえてきた綾の声に体の動きが止まってしまった。
「…そうだけど、何?」
「いや、だってさ?春川のことこの前見かけたとき、まだチョーカーしてるの見えたから。付き合ってるのに番ってねぇんだな、と思って。」
1度綾に断られてから、避けてきたその話題。
「噛んでよ」てわざと軽く頼んだんだ。断られても自分が傷つかないように。それで、案の定断られた時に自分の心を守れたつもりでいた。
「…俺は陽葵と番うつもりねぇよ。」
はっきりと聞こえた綾の声。
胸がぎしりと嫌な音を立てた。
ばたばたと部室から音が聞こえる。きっと中にいた人が出てくるはずだ。
…どこか行かなきゃ、
出てきた綾と普通に話せる自信が今はない。
そう思うのに、俺の足は全く動いてくれなかった。
「…ひな?」
呼ばれて、思わず顔を上げてしまったことを後悔した。
「…あ、えと、」
少し驚いたような綾の顔。
…俺、変な顔してないかな、…上手く笑えてる?
「…これ、作ったから綾に食べて貰いたいと思って、それでね、……っ、」
声が震えて、視界が滲んだ。
…俺の馬鹿。
こんなとこで泣いてどうする。
綾を困らせるだけだろ、?
1度断られてるんだから、綾の意思はわかってたはずなのに。
「…ごめん、俺帰るね。」
泣いた顔を見られたくなくて、綾の顔も見ずに早口で告げた俺は、そのまま背を向けた。
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