糖度10

5/6
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
少し早足になりながら、弓道部の部室に向かう。 近づくにつれて、ぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。 …やっぱりもう部活は終わってるみたいだな。 弓道場ではなくこちらに来て正解だったらしい。 俺も最初は、マネージャーとして綾と一緒に弓道部に入部することも考えた。その方が綾と長く一緒に居られるし、サポートも出来ると思ったから。けど、綾人気のおかげでマネージャー志望の人は有り余るほどいたし、正直、部活まで俺が引っ付いてきたら、綾に鬱陶しがられるかもと思って。 「七瀬って、春川陽葵と付き合ってるんだろ?」 部室の前で綾が出てくるのを待とうと、ドアのすぐ側で壁に寄りかかったときに、それは聞こえた。 自分の名前が飛び出てきて、思わず体が少し強張る。盗み聞きは良くないよな、と少し離れようとしたとき、聞こえてきた綾の声に体の動きが止まってしまった。 「…そうだけど、何?」 「いや、だってさ?春川のことこの前見かけたとき、まだチョーカーしてるの見えたから。付き合ってるのに番ってねぇんだな、と思って。」 1度綾に断られてから、避けてきたその話題。 「噛んでよ」てわざと軽く頼んだんだ。断られても自分が傷つかないように。それで、案の定断られた時に自分の心を守れたつもりでいた。 「…俺は陽葵と番うつもりねぇよ。」 はっきりと聞こえた綾の声。 胸がぎしりと嫌な音を立てた。 ばたばたと部室から音が聞こえる。きっと中にいた人が出てくるはずだ。 …どこか行かなきゃ、 出てきた綾と普通に話せる自信が今はない。 そう思うのに、俺の足は全く動いてくれなかった。 「…ひな?」 呼ばれて、思わず顔を上げてしまったことを後悔した。 「…あ、えと、」 少し驚いたような綾の顔。 …俺、変な顔してないかな、…上手く笑えてる? 「…これ、作ったから綾に食べて貰いたいと思って、それでね、……っ、」 声が震えて、視界が滲んだ。 …俺の馬鹿。 こんなとこで泣いてどうする。 綾を困らせるだけだろ、? 1度断られてるんだから、綾の意思はわかってたはずなのに。 「…ごめん、俺帰るね。」 泣いた顔を見られたくなくて、綾の顔も見ずに早口で告げた俺は、そのまま背を向けた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!