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体育の授業の後、使ったボールを体育倉庫でひとり片付けていると、不意に扉が閉まる音がした。
そちらの方に目をやると、驚いたことに体操服姿の木戸城が後ろ手に扉を閉めていた。女子は運動場で体育の授業だったはずだ。体育倉庫にいるはずがない。
「やっ、音無くん」
そう言いながら、手を上げて微笑む木戸城。俺の頭にははてなマークが浮かぶ。俺に何の用だろうか。少なくとも、今年のクラス替え以降、彼女と親しく話した記憶はない。話したいと思っていたが、彼女の周りにはいつも男女問わずクラスメートが群がっていて、コミュ力がそこまで高くない俺には入り込む隙間がなかった。
「……ども」
「ふふっ、何その挨拶」
「えと、ごめん」
木戸城は悪戯っぽく笑っている。
「俺に何か用?」
「いや、今日はラッキーだったねって」
「え?」
「ほら、私の下着、見たでしょ?」
「あっ」
俺は思わず声を上げていた。すぐに焦りの感情が頭を支配する。これはもしかしたらまずいのではないだろうか。不可抗力とは言え、下着を覗き見たのだ。文句を言われても仕方がないし、先生に話されでもしたらヤバい。俺は変態、下手したら犯罪者予備軍として暗黒の学生生活を送ることになるだろう。
「その、ごめんなさい!」
「え~、なに謝ってるの?」
「だって」
こんな体育倉庫に閉じ込めてまで俺を脅しに来たのだ。何より先に謝罪するのが最適に思えた。
「気にしなくてもいいのに。減るもんじゃないし」
「えっ?」
きょとんとした顔で木戸城がそう言ってのけるものだから、思わず俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。それが面白かったのだろう。木戸城はからからと笑うと、一歩、二歩と俺に近付いてくる。
「音無くん、だいぶ嬉しそうだったし、もしかしたら続きが見たいんじゃないかなって思って」
ポン、ポン、ポンと俺の手から落ちたボールが地面をバウンドして転がっていく。それを木戸城は拾い上げると、俺に「はい」と手渡してくる。
午前中の会話が思い出される。木戸城が尻軽だという話。男をとっかえひっかえだという話。
「違うの?」
密室でふたりきり。どこかで妄想したようなシチュエーション。
「お、俺は……」
胸が高鳴る。彼女の艶やかなピンク色の唇が煽情的に見えてくる。体操服越しにも分かるスタイルの良さ。無垢な微笑み。
「木戸城はもっと自分を大切にした方がいいと思うっ!」
俺は目をつぶりながらそう叫んだ。
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