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 あくる日、男が屋上に出ると女の姿は無かった。男は三日前までの彼の定位置に、昨日までは女が背を(もた)れていた壁に寄りかかる。いつも通り彼は、懐に忍ばせていたタバコを咥え、ライターで火を着ける。肺に微かな息苦しさを伴う温かさが流れ込んでくる。その埃っぽい温もりが、彼の皮膚の外気への反応を活性化させた。男は冬の到来を予感した。  男は胸腔(きょうくう)一杯に溜まった煙を吐き出す。二筋の白煙が秋晴れの空に吸い込まれていく。彼は煙が昇っていくのを眺めた。  男がはき出した煙はすぐに霧散した。  一筋となった煙は細々と伸びて行き、高い所で何かにぶつかって、幾筋かに分かれた。  突然、赤ん坊の泣き声がした。男は反射的に下を向く。屋上のすぐ下には産婦人科がある。  ――玉子さんの子供だろう。  根拠も無く男はそう確信した。再び空に視線を戻す。煙草から立ち上る白煙は一筋に戻っていた。 「たまごが割れたら、どうなるんだろうな?」  男のしみじみとした呟きは、すぐに階下からの産声によってかき消された。  弱々しい白煙が一筋、雲一つない空へと吸い込まれていった。
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