僕と中村

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 今僕の目の前にはたまごがある。いや実際には違うのだけれど、その姿はたまごにしか見えない。人が丁度一人入る大きいたまご。 どうしてこんな事になっているのか、それは数分前に遡る。 「田中!一緒に帰ろ!」  そう言って僕に近づいてきたのは隣のクラスの中村。いつも明るく元気、という典型的な説明がしっくりくる人間だ。僕らは去年同じクラスで、二人とも名字に「中」がつくというしょうもない理由でつるむようになった。 「ごめん、今日も無理」  僕はその中村の誘いをばっさりと断る。 「どうしてだよ」 「今週は用事があって忙しいんだって」  不服そうな中村を見て申し訳ないとは思う。でも今の僕にとっては用事の方が大事だ。そこで軽く手を降って帰ろうとしたのだが、 「やっぱり俺ってウザい?」  中村は突然変な事を言い出した。そしてグッと唇を結んでうつむいてしまう。僕が動揺して顔を覗き込むと、中村は泣きそうな顔をしていた。 「え、どうした!?」  今までこんな中村を見たことが無かった。だから僕はものすごく慌てた。 「ごめん、え?ごめん!」  反射的にとにかく謝る僕を、中村は一瞬ちらりと見上げた。  と、その次の瞬間。彼はおもむろに鞄から何かを取り出した。その正体が大きな白い布だと僕が認識したときには、彼はその白い布で自分自身を覆っていた。  僕の目の前にいる中村。白くて丸い、その姿は「たまご」と言って差支えは無いだろうという感じだ。  いや、僕は何を冷静に分析しているんだ。 「えと、中村?どうした?」 「ほうっておいてよ」  えー……。 「大丈夫か?それどうしたんだ」 「気にしないで」  いや気にするわ。えーと、どういうことだろうか。 「よく分かってないけど、たぶん僕のせいだよね」 「違う。俺のせいなんだ。俺がウザいから」 「さっきもそれ言ってたけど、どういうこと?」  白い物体は少し沈黙した。その後彼は小さな声で話し始めた。 「俺、いつもこうなんだ。仲良くなった人や友達にグイグイ行きすぎちゃうんだ。休み時間ごとに遊びに行ったり、一緒に帰りたがったり、俺にとっては普通の行動なんだけど、他の人からしたらそういうのうっとうしいんだって」  …………ん? 「今までもお前ウザすぎとかよく言われててさ、高校からはこういうの無くそうって思ってたのに。田中はいつも俺のワガママ聞いてくれるから、甘えちゃってたんだ。ごめん、こんな俺嫌いになるよね、今も心配かけてるし、ほんとごめん。もう俺のことは気にしないでいいから」  ちょっと待てよ。つまりこいつは、 「中村は、僕が中村のこと嫌いになったと思ってるってこと?」 「うん」 「それで落ち込んで布にくるまっていると」 「そうだよ。だからもうほうっておいて」 マジか。「自分の殻に閉じこもる」という表現はたまに聞くが、物理的に殻に閉じこもっている人を見るのは初めてだ。 「……ふ、ふふ」  なんだかおかしくて笑えてきた。 「何笑ってるんだよ!」 「ごめ、ふふ、…あはは!」  中村が話すたびに白い物体がもぞもぞと動き、それも面白くて笑ってしまう。 「はは、なあ、中村」 「……なんだよ」  ほんとこいつは困ったやつだ。 「僕は別にうっとうしいとか思ってないよ」 「え?」 「僕は中村の性格を少しはわかってるつもりだし、それも含めて友達やってるんだから今更ウザいとか思わないって」 「でも最近冷たいし」  出来たら内緒にしておきたかったんだけど……仕方ない。 「中村、来週誕生日でしょ」 「……うん」 「プレゼント探してたんだよ」 「えぇっ!!」 叫ぶと同時に立ち上がろうとしたのだろう。布に引っかかってたまごはゴロゴロと転げまわっている。まったく、あいかわらずだな。本当に。 「そうなの!?」 やっとのことで殻から出てきた中村は目を輝かせている。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のような明るさだ。 「当日サプライズで渡そうと思ってたのに台無しだよ」 「ごめん!でも、ありがとう!!超嬉しい!」 「はいはい。分かったから。」 「え、それじゃあ俺のこと嫌いになってないってこと?」 「うん」 「ウザいとか思ってない?」 「思ってないって」 「良かったー!」 「ほらそれ片付けて」 大きな布をぶんぶん振りまくっている中村をなだめながら、気になったことを聞いてみる。 「そういえば、その布いつも持ち歩いてるのか?」 きれいに布を畳もうとしている中村は当たり前のように答える。 「持ち歩いてるよ」 「じゃあ今までも頻繁に外でたまごみたいになったり……」 「まさか」 「だよな」 「二回ぐらいしかないよ」 「二回もあるのかよ」 「うん今日は三回目」  こいつは世間体とか全く気にしない性格だな。まあ知ってたけども。 「なるべく外でやるのはやめときな。たぶん引かれるから」 「えー」 「僕の前でならいいからさ」 「はーい」  僕は中村が布を鞄にしまうのをきちんと見届ける。 「もう隠す必要もなくなったし、こうなったらプレゼント探し一緒に行くよ」 「やった!」  中村は嬉しそうについてくる。僕は少し笑ってしまった。こういう性格だからこいつといるのは楽しいんだ。いつも僕の想像を上回る行動をしてきて、一緒にいて面白い。 彼は不安がっていたけど、僕は中村と友達で良かったってずっと思ってるんだよ。調子に乗るから本人には言わないけどね。 《完》
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