1人が本棚に入れています
本棚に追加
今僕の目の前にはたまごがある。いや実際には違うのだけれど、その姿はたまごにしか見えない。人が丁度一人入る大きいたまご。
どうしてこんな事になっているのか、それは数分前に遡る。
「田中!一緒に帰ろ!」
そう言って僕に近づいてきたのは隣のクラスの中村。いつも明るく元気、という典型的な説明がしっくりくる人間だ。僕らは去年同じクラスで、二人とも名字に「中」がつくというしょうもない理由でつるむようになった。
「ごめん、今日も無理」
僕はその中村の誘いをばっさりと断る。
「どうしてだよ」
「今週は用事があって忙しいんだって」
不服そうな中村を見て申し訳ないとは思う。でも今の僕にとっては用事の方が大事だ。そこで軽く手を降って帰ろうとしたのだが、
「やっぱり俺ってウザい?」
中村は突然変な事を言い出した。そしてグッと唇を結んでうつむいてしまう。僕が動揺して顔を覗き込むと、中村は泣きそうな顔をしていた。
「え、どうした!?」
今までこんな中村を見たことが無かった。だから僕はものすごく慌てた。
「ごめん、え?ごめん!」
反射的にとにかく謝る僕を、中村は一瞬ちらりと見上げた。
と、その次の瞬間。彼はおもむろに鞄から何かを取り出した。その正体が大きな白い布だと僕が認識したときには、彼はその白い布で自分自身を覆っていた。
僕の目の前にいる中村。白くて丸い、その姿は「たまご」と言って差支えは無いだろうという感じだ。
いや、僕は何を冷静に分析しているんだ。
「えと、中村?どうした?」
「ほうっておいてよ」
えー……。
「大丈夫か?それどうしたんだ」
「気にしないで」
いや気にするわ。えーと、どういうことだろうか。
「よく分かってないけど、たぶん僕のせいだよね」
「違う。俺のせいなんだ。俺がウザいから」
「さっきもそれ言ってたけど、どういうこと?」
白い物体は少し沈黙した。その後彼は小さな声で話し始めた。
「俺、いつもこうなんだ。仲良くなった人や友達にグイグイ行きすぎちゃうんだ。休み時間ごとに遊びに行ったり、一緒に帰りたがったり、俺にとっては普通の行動なんだけど、他の人からしたらそういうのうっとうしいんだって」
…………ん?
「今までもお前ウザすぎとかよく言われててさ、高校からはこういうの無くそうって思ってたのに。田中はいつも俺のワガママ聞いてくれるから、甘えちゃってたんだ。ごめん、こんな俺嫌いになるよね、今も心配かけてるし、ほんとごめん。もう俺のことは気にしないでいいから」
ちょっと待てよ。つまりこいつは、
「中村は、僕が中村のこと嫌いになったと思ってるってこと?」
「うん」
「それで落ち込んで布にくるまっていると」
「そうだよ。だからもうほうっておいて」
マジか。「自分の殻に閉じこもる」という表現はたまに聞くが、物理的に殻に閉じこもっている人を見るのは初めてだ。
「……ふ、ふふ」
なんだかおかしくて笑えてきた。
「何笑ってるんだよ!」
「ごめ、ふふ、…あはは!」
中村が話すたびに白い物体がもぞもぞと動き、それも面白くて笑ってしまう。
「はは、なあ、中村」
「……なんだよ」
ほんとこいつは困ったやつだ。
「僕は別にうっとうしいとか思ってないよ」
「え?」
「僕は中村の性格を少しはわかってるつもりだし、それも含めて友達やってるんだから今更ウザいとか思わないって」
「でも最近冷たいし」
出来たら内緒にしておきたかったんだけど……仕方ない。
「中村、来週誕生日でしょ」
「……うん」
「プレゼント探してたんだよ」
「えぇっ!!」
叫ぶと同時に立ち上がろうとしたのだろう。布に引っかかってたまごはゴロゴロと転げまわっている。まったく、あいかわらずだな。本当に。
「そうなの!?」
やっとのことで殻から出てきた中村は目を輝かせている。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のような明るさだ。
「当日サプライズで渡そうと思ってたのに台無しだよ」
「ごめん!でも、ありがとう!!超嬉しい!」
「はいはい。分かったから。」
「え、それじゃあ俺のこと嫌いになってないってこと?」
「うん」
「ウザいとか思ってない?」
「思ってないって」
「良かったー!」
「ほらそれ片付けて」
大きな布をぶんぶん振りまくっている中村をなだめながら、気になったことを聞いてみる。
「そういえば、その布いつも持ち歩いてるのか?」
きれいに布を畳もうとしている中村は当たり前のように答える。
「持ち歩いてるよ」
「じゃあ今までも頻繁に外でたまごみたいになったり……」
「まさか」
「だよな」
「二回ぐらいしかないよ」
「二回もあるのかよ」
「うん今日は三回目」
こいつは世間体とか全く気にしない性格だな。まあ知ってたけども。
「なるべく外でやるのはやめときな。たぶん引かれるから」
「えー」
「僕の前でならいいからさ」
「はーい」
僕は中村が布を鞄にしまうのをきちんと見届ける。
「もう隠す必要もなくなったし、こうなったらプレゼント探し一緒に行くよ」
「やった!」
中村は嬉しそうについてくる。僕は少し笑ってしまった。こういう性格だからこいつといるのは楽しいんだ。いつも僕の想像を上回る行動をしてきて、一緒にいて面白い。
彼は不安がっていたけど、僕は中村と友達で良かったってずっと思ってるんだよ。調子に乗るから本人には言わないけどね。
《完》
最初のコメントを投稿しよう!