捕らえられしは

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捕らえられしは

 「そ、その帯……斬ってしまうのかい?」  帯本体、と聞いたお夏が恐る恐る尋ねた。お夏も頭ではわかっていたが、大事な帯が使えなくなることを簡単には受け入れられないようだ。両親が彼女の両隣から何を言っているのかと叱る。  「馬鹿言うんじゃないよ!あれのせいでお前は夢見が悪かったんだよ!?」  「でも……夢の中で贈った相手には何もしないって約束したから大丈夫なはずだよ……」  どうやらお夏は帯を誰かに贈るつもりだったようだ。だが。妖が夢の中の約束を守るとも限らない上、贈る前にお夏が死ぬ可能性の方が高い。この時代の庶民が金を貯めることがいかに大変かを思えば申し訳なさもあるが、雪治は容赦なく木刀に纏わせた霊力を強めた。  「申し訳ないがこの帯は生かしておけない」  恐らく、お夏は死にはしないと思っているのだろう。ならば死ぬ可能性が高かったことは知らぬままでいい。雪治はただ使命に忠実なように、意図して冷たく呟いて帯へと殺気を放つ。  帯は夢で約束をするだけあってそれなりの知性があるらしく、雪治の殺気を感じ取ると壁際まで後退った。そして雪治の殺気に応えるように、今まで隠していただろう殺気を滲ませる。双方の殺気に充てられ、お夏は気を失い、両親もお夏を抱きしめて震えた。雪治は少々やり過ぎたかとも思ったが、今は隅で小さくなってくれている方が都合がいい。  雪治は細く静かに息を吐き、腰を落とした脇構えから一気に踏み込むと、右下から左上へと斬り上げる。帯はその柔らかさでそれを躱そうとするが、躱しきれなかった部分の靄が霧散する。話せるのは夢の中のみか、物言わぬ帯にどれほどの威力となったのかは汲み取れない。  しかし多少の苦痛はあったのか一瞬動きが鈍くなった帯のその隙を逃さず、雪治はすぐに木刀を返して左薙ぎ、更に返して袈裟斬り、と連撃を繰り出した。人間の速さを逸脱しかけている雪治の連撃により、帯の纏っていた靄は全て霧散した。  それで終わらないことは先程の様子からわかっていた。わかっていても尚、衝撃的であった。帯は靄を失って落下しそうになったものの、すぐに再び靄が集まって宙に浮いたのだ。やはり帯本体を壊さない限りどうにもならないようだ。雪治が使っているのは真剣ではなく木刀故、帯を物理的に斬ることはできない。このままでは雪治の体力が削られるばかりだ。  何か。何かないか。今度は此方の番だとばかりに攻勢に出る帯を避けながら、雪治は周囲を見渡す。自分の木刀に纏わせている霊力の光と部屋を薄ぼんやりと照らす行灯の明かりで、夜目の利く雪治にとっては充分明るい。これだけ明るければ避けながらでも何か手立てが見つかるはず。  「行灯……そうだ、火だ!……っ!」  帯は布なのだから燃やしてしまえばよい。そう閃いた瞬間、しかし雪治は遂に帯に捕まった。この頃の平ぐけ帯は2寸、つまり凡そ6センチの幅がある。それだけ幅があれば紐などよりは食い込みにくいはずだが、さすがは妖の力か。帯は捕らえた雪治の腕に簡単に食い込む。  雪治もされるままでは居られまいと、帯の触れている両腕に霊力を集中したり、木刀を返して帯の靄を斬ったりと抵抗するが、物理的な拘束を解くには至らない。その上、腕の締め付けのあまりの強さにより木刀を落とし、そのまま腹回りにまで帯に巻き付かれる。ぎちぎちと音を立てるのは帯か、それとも雪治の体の方か。
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