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思い出したる
「ああ……神様……」
雪治の言葉で竈の火が落ち着いたのを見て、お夏の両親は揃って平伏した。既に治っているとは言え、先程まで腕と首を火で焼かれたり首を絞められ内臓を潰されていた雪治は、平伏するふたりをすぐに止めるほどの気力はなかった。
自分の回復力に脳が追いつかず、体は治っているのにもかかわらず雪治は未だ激痛の中にいた。戦いの最中はある程度アドレナリンで痛みが鈍っていたのに対し、勝利した今はそれがない分余計に痛みが増している感じがしていた。所謂幻肢痛に近いものと判断し、雪治はすっかり無傷になっている腕を見つめる。
「俺は無傷、俺は無傷……無傷だから痛くない」
床にうずくまって腕を見ながら呟く雪治に気が付き、お夏の両親が心配して近付こうとする。しかし、ちょうどその時お夏が目を覚ますと、すぐに我が子へと意識が逸れた。互いの無事を確認して抱き合う親子の声が聞こえてくる。その温かい声で雪治が自分の両親が健在だった幼少の頃を思い出しているうちに、あれだっけあった激痛は最初から何もなかったかのように引いていた。
「お夏さん」
やむを得ないとはいえ、一生懸命に貯めたお金で買った贈り物を燃やしてしまったのは事実。親子の会話が落ち着いたのを見計らって雪治が声をかけると、謝罪を口にしようとしたのを遮るようにお夏は努めて明るく笑った。
「ありがとうよ、雪治さん!」
実のところ、お夏は殺気に充てられて倒れる瞬間に悟っていた。自分が死なないためには帯をどうにかするしかないことも、帯が約束を守る保証はどこにもないことも、雪治がその現実を突きつけないように冷たくしようとしたことも。何せ、この丑の刻の武士様は冷たくするのが下手くそだった。
「落ち着いて考えたらさ、あんな曰くつきの帯なんざ、贈られても嬉しくなかったろうよ!金は無駄になっちまったけど……おっ父の面白みのねぇ格好をどうにかするのはまた今度に……あっ」
どうやらあの帯は父親に贈るつもりだったらしい。本人としては言わないはずだった贈り先をうっかり言ってしまったお夏が口を両手で押さえた。両親は贈り先が父親と知って感動すればいいのか、面白みのねぇ格好などという憎まれ口を呆れればいいのか、自分の体調を優先しなかったことを怒ればいいのか、複雑な表情で顔を見合わせている。
「俺は親になったことはないのですが……」
雪治はお夏のすぐ目の前に移動して腰を下ろすと、宙を見つめ懐かしむように目を細めて口を開いた。
「家族を亡くしたことがある身から言わせてもらうなら……お夏さんが病なく長生きすることが1番の贈り物だと思いますよ」
無論、色んな家庭はあるが。この家族関係ならばと雪治は両親に視線を向けた。お夏は照れ隠しに「別に贈り物をしたかったわけじゃない」などとぶつくさ言いながらも父親を見る。父親は深く頷いた。
「お前が代償で体壊すってんなら、俺ぁ千両だって川に棄てるぞ」
裕福ではないにせよ食うに困ってはいない故というのもあるだろうが、言い切る父親の力強さに雪治は頬を緩ませた。そういえば自分の父親も、普段は厳しく愛情のわかりづらい人だったが何かあるとこんな風に言い切ってくれる人だった。思い出せば酷く懐かしく、雪治はそっと目を伏せた。
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