いる世話といらぬ世話

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いる世話といらぬ世話

 思い出したようにしきりに平伏しようとするお夏の母親を制止し、神として崇めようとする父親を制止し、お夏に「おりんさんによろしくお伝えください」と頼んで雪治は現代へと帰った。  本当は静かに入って静かに出て、また清之助の部屋で眠ろうかとも思っていたのだが。想定の何倍も騒いでしまったため、雪治が団子屋の家から出るところを誰ぞに見られる可能性が高まり、やむなくその場で姿を消すことにしたのだ。  「おかえ、りぃいい!?」  「どっ、おまっ、どうした!?」  自宅に戻ってきた雪治を出迎えた"人ならざるもの"たちが雪治の姿を見て次々に驚いた。何をそんなに驚いているのかわかっていない様子の雪治を、彼らは全身鏡の前へと連れて行く。  「うわぁ……」  鏡に映し出されたのは袖が焼け、胸元が血塗れの着物。ついでに髪も襟足が焼け焦げている。自分のことながらその衝撃的な姿に思わず引きつつ着物を脱ぐと、すぐに時渡りの力を応用して着物を江戸に行く前の状態に戻す。  「その力、便利に使っているが……使えば使うほど人の理を外れていくのだろう?」  燕子花の香りを纏った鷭(ばん)が心配げに声をかけた。雪治はその声で彼女へ視線を向けると目を細め頬を緩ませる。  「心配してくれてありがとう。でももうそれは乗り越えたから大丈夫」  「ふん、そうかい」  そっけない物言いながらも安堵の滲む鷭の声に、雪治はにこにこと嬉しさを隠さず笑っていた。親はなくとも心配性と世話焼きの多い自宅の温もりが身に沁みる。  着物を干して風呂に入り、"人ならざるもの"たちの酒盛りを遠くに聞きながら自室で布団に入った雪治が、明日は空いた時間で墓参りでもしようかと考えていると、部屋の空気が一瞬のうちに澄み、家にいる"人ならざるもの"たちは皆一様に息を潜めた。  雪治はその気配に覚えがあった。とても寝てなどいられまいと慌てて起き上がり、布団を退けて跪く。  「此度は随分と苦戦を強いられたようだな。武神である余の寵愛を受けておきながら情けない」  「やはりもう少し我らの力を与えるべきやも知れぬな。これでは先が思いやられる」  「人を辞することは受け入れたのであろう?ならばもう汝が我らの力を拒む理由は無かろうな」  傲慢な物言い、神子の気持ちを汲む気さえ感じられない決めつけに、雪治はぞっとした。だが苦戦してしまったのは事実。立場の問題がなくとも強く拒む資格はないと諦めるような気持ちで返事をしようとした雪治は、しかし顔を上げた瞬間に息を呑み言葉に詰まる。  「は、……」  夢の中でさえハッキリとは見えなかった神々の姿が、完全に見えてしまったのだ。髪や髭から装束に施された刺繍の糸まで、ぼやけることなく視えていた。雪治は思わず暫し思考停止したが、総身が震えたのは歓喜ではなかったように思えた。  雪治の反応で自分たちの姿が見えていると確信した神々は雪治が思考停止しているのを良いことに、勝手に力を授けていく。まずはヤツホマレが雪治の霊力の鋭さを上げ、ゴコクタケルが霊力の量を増やし、タケノトノスクネが体力を増やす。  これで雪治は今回の帯のように物理的に壊さねばならない時も霊力で斬ることができる上、霊力はどれだけ使っても滅多に枯渇することはなくなり、疲れを知らぬ身となる。  また本人の了承を得る前に勝手に力を押し付けて帰っていった神々に、雪治は戦いより疲れた心地がして盛大に溜め息を吐いた。同時に天界でもあの勢いなのかと考えれば他の神々の心労も計り知れない。同情の目で天を仰ぎながら呟き、そのまま倒れるようにして眠りについた。  「……まともな神様たち、いつもお疲れ様です」
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