大好きな作家さんへ

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急に泣きたくなった。 私には、大好きな作家さんがいた。 いつの頃だったか、本屋でたまたま手にした本の作家さんだ。  何がそんなに私を刺激したかはわからないが、日常を描いた小説は、自分が物語の中に入り込んだようなワクワク感が味わえた。  私は来る日も来る日も、本を手に取り読んだ。 しかし、その作家さんがご病気になられしばらく休養している間に私は少しだけ大人になり大好きな作家さんを忘れていた。 月日が経ち、ある日私の大好きな作家さんがご逝去されたニュースがテレビから流れてきた。 作品同様温かそうな表情で笑っている作家さんの写真は、現実を忘れさせる。 私はどこか絵空事のように感じていて、作家さんを見ないように自分の心の扉を閉じてしまった。 開けてしまったら、現実を認めることになる恐怖が私の無意識を支配していた。 それが、昨日。 帰宅時の電車が遅延し、満員電車に心が腐っていた私は途中下車をして本屋に向ったのだ。  今はスマホがあれば本を買える。 だが私は本屋に行くことに意味があると思っている。手にとった本を眺めては作者の方の思いを想像してみる。 紙の素材、表紙などにこだわっていたりする本があると、ついつい手にとってしまう。 幸せな時間だ。 昨日は何故か恋愛小説を読みたかった。 おしゃれで都会的な大人の恋の物語を探してウロウロと本屋の中を歩く。  棚に置いてあった本の表紙の絵に私は吸い込まれるように、本を手にとった。 表紙はアンティーク風で私の心はくすぐられた。 裏表紙で本の内容を確認する。 恋愛小説だった。私の求める感じとは違うが、また 違う楽しみを運んでくれそうでパラパラとページをめくってみた。  テンポ感が良く、疑似表現がおしゃれだった。 私は買おうかどうか悩みつつ何気に本の帯を見た。 そこには、解説者の名前が入っていたのだ。 解説者がなんと、私の大好きな作家さんだった。 亡くなってもう何年も経つというのに、作家さんの解説は色鮮やかで私はすぐに引き込まれてしまう。  本を持ちながら、涙をこらえる自分がいた。  どうして私は色々なことを忘れてしまうのだろうか。あんなに楽しかったはずの読書や、音楽。 皆忘れて、日々は灰色になってしまっていた。  灰色の日常は悪くはないが良くもない。 私はまた、大好きな作家さんの本を読もうと思った。  鮮やかな日常を取り戻すために。
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