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六階でエレベーターを降りると、私の目に出かける時にはなかった光景が飛び込んできた。
鳩だ。鳩の存在自体は特に珍しくはない。よくマンションの外廊下や自室のベランダにいて、迷惑に思っている。そんな一羽の鳩が、外廊下の片隅に作り上げた巣を覆うようにうずくまっていた。何をしているのかは一目瞭然だ。小さな身体を一回り膨らませて、おそらくメスであろうその鳩は卵を温めているのだった。
見慣れている鳩だけれど、巣で卵を温める光景を見るのは初めてだ。そういえばここ数日、二羽の鳩が木の枝や枯葉を集めて巣作りしていたっけ。思わずじっと眺めていると、鳩の頭が私の方を向いた。
瞬間、睨まれた、と思った。
鳩の赤い両目が、ギロリと私を見据えている。威嚇しているのは明らかで、私がちょっとでも怪しい動きをすれば、飛びかかって襲ってくるに違いなかった。
生まれて初めて、鳩を怖いと思った。鳩にも感情があるということを、普段、人間は忘れている。私は敵意を向けてくる鳩から目を逸らすと、突き当たりの自室までの廊下を早足で歩いた。ぐっと込み上げてきた感情に、動揺を隠せないまま。
ああ、一緒なのだ。
鳩も私も。
自分のことには構わず、感情を振り乱しながら、生まれてくる我が子を懸命に守っている。
攻撃的になるのは、「どんな些細な害悪もこの子から遠ざけてみせる」という、母の決意の表れなのだ。
自室にたどり着いた私は、どこか清々しい気持ちになっていた。
このドアを開けたら、心配しているであろう夫に笑顔を見せよう。
そして、一緒にケーキを食べながら、今出会った勇敢な母の話をしよう。
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