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『で、でも!とにかく、半日時間があったはずなのに、鉛筆の下書きも終わってないのは流石にだめだと思います!宿題として持って帰るしかなくなるし、それでお母さんとかに手伝ってもらうのは駄目だと思うというか!が、頑張った痕跡はあるんだからもうちょっと頑張れたんじゃないかなというか!』
『お願い、無理矢理褒めるところ探そうとしないで!切ない!』
何でだ、どうしてそんなことになった。あたし自身、頭を抱えたくなったものである。いや、絵の具を出すこともなく鉛筆書きで放り出したのは完全に集中力が切れたからだからどうしようもないとして。
パースが冒涜的な狂い方をしてるって、タコ人間って、飛び降り自殺って、髪の毛が降ってるって。そんなもの一つも描いたつもりはないのに何故そう見えてしまうのやら!あれか、自分は紙の上にクトゥルフ神話の神格でも生み出したというのか?
『ま、まあまあ稚奈ちゃん。みんな、稚奈ちゃんほど絵が得意なわけじゃないから、ね?』
その点、侑季は遥かにマシな評価を下して貰っていたらしい。というか、彼は絵の殆どを写生会の日だけでちゃん終わらせていた。校舎を斜め下から見上げるという、なかなかダイナミックな構図である。美術で賞を取るほどではないのかもしれないが、独自の視点が面白いし、何より丁寧に色を塗った形跡が見える。稚奈が特に指摘しないのも当たり前のことなのかもしれない。
そしてその稚奈は、自分達の中で一番素晴らしい絵を描いてきていた。校舎の窓、一つ一つを丁寧に書き込んでいる上、水彩らしい淡い色使いが非常に美しく仕上がっている。彼女の性格がそのまま現れたような絵だと言って良かった。
『別に上手じゃなくてもいいんです。ただ……ただ、一生懸命描いてくれないのが嫌だっただけ!』
ぷくー、と頬を膨らませて彼女は言った。
『みんなは、この学校に感謝してないんですか?私は……私は、この学校が、太刀魚南小学校が大好き。前の学校よりも好き。こっちの学校の方が長くいるからじゃなくて、前の学校はすごく……なんかすごく、暗くて嫌な感じだったから。だから私はこの学校に来て幸せで、この学校の絵を感謝して描くのは当然だと思ったんです。それなのに……』
そうだ、とあたしは思い出す。稚奈が前の学校でどんな生徒だったのか。ここで、あたし達は初めて知ることになったのだった、と。
あたしは盛大に誤解していたのだった。彼女は都会人であることに誇りを持っていたわけじゃない。むしろ、都会の空気に嫌気がさしていたのだということを。最終的にこの町に移住することになったのは父親の脱サラが理由なのだろうが、実は稚奈にも都会の小学校を離れたい理由があったのだそうだ。
彼女いわく。
前の小学校には、中学受験を希望する子供達が大量にいたという。
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