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「稚奈ちゃん、この学校に……すごく感謝してるって言ってたから。あたし達にも、すっごく、さ。……本当は、この学校がなくなっちゃうのが嫌でたまらなかったんだろうなって。それが避けられないなら、最後に何かイベントでもやろうって思ったのかも」
「……あり得るな、稚奈だったら」
「そう、だね」
廃校になると決まったのは、一年も前のことである。本当は一番下級生である侑李が卒業するまでは学校を残しておきたかったらしい。大人たちの事情はよくわからないが、きっと影で頑張ってくれていたのだろう。しかし、もとより校舎自体がかなり老朽化していて危なかったという側面もある。立て直しが必要なくらいならば、予算の面からいっても廃校にして、子供達には隣町に通って貰った方がいい――そう考えるのも、わからないことではなかった。
そう、彼らに文句をつけたいなんて、あたし達も思っていないのだ。
この町が過疎化したのは彼らのせいというわけではない。何より、閉校になると決まった時の校長先生や教頭先生の顔が忘れられないのだ。大人の男性であっても泣きたい時はあるのだ、ということをあたしははっきりと知ったのである。明らかに先生達はみんな、眼が赤くなってしまっていたのだから。
「あたしは、ずーっとこの町に住んでる人間だからさ。この、超田舎の町が、やっぱり故郷なんだよね」
ちらり、と窓の外を見る。
きっと隣町の学校は、こんなに校庭が広いなんてことないだろう。あんな大きな欅の木や桜の木だってきっとない。何度も鬼ごっこをした、タイヤのアスレチック。てっぺんに登ってえらく叱られたジャングルジムに、派手にぶん回してやっぱり叱られたブランコ。
その向こうには、穏やかな田園風景が広がる。一番近い駅まで、歩いたら一時間かかる距離。町もここから三十分くらい歩く必要がある。暗い夜道を、それでも友人達とお喋りしながら帰る日々は本当に充実していた。
都会にあるような、華やかなショッピングモールなんてない。
遊園地もなければ、コンビニさえないような場所。
それでもあたしは此処で生まれて此処で育った。大人たちに見守られ、時に雷を落とされながら。そしてそんな生活の中心にはいつだって、このボロボロの校舎があったのである。
『みんなは、この学校に感謝してないんですか?私は……私は、この学校が、太刀魚南小学校が大好き。前の学校よりも好き。こっちの学校の方が長くいるからじゃなくて、前の学校はすごく……なんかすごく、暗くて嫌な感じだったから。だから私はこの学校に来て幸せで、この学校の絵を感謝して描くのは当然だと思ったんです。それなのに……』
稚奈の言葉を思い出す。
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