<9・あしあと。>

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 東京からやってきて、自分達の中では新参者にあたる彼女。けれどきっと、彼女が一番この学校のありがたみをわかっていたように思うのだ。 『私にとってこの学校は、自分でいられる大事な場所だから。みんなにも同じ気持ちを持ってほしかったの。だから、適当に絵を描いたことに怒ってるの、わかる!?』  ああ、彼女の言葉は尤もだ。  あの日、もっと丁寧に絵を描いておけば良かった。下手でもいいから、一生懸命描いた絵を見せればよかった、なんて。そんなこと、今思ってもどうにもならない。  だってもう写生会は終わってしまったのだから。  もう二度と、この学校で、このメンバーで写生会をすることなんかないのだから。 「ずっとここに住んでたのにさ。この町に、育てて貰ったのにさ。……大事なこと、忘れてたのかも。この町に、この町の人に、学校に感謝するってこと。稚奈ちゃんはあたし達に、それを思い出して欲しかったのかな」 「神楽……」 「なんて、ね。あたしらしくもないよね、こんなセンチメンタルなの」  窓から差し込む夕焼け。そろそろ四時になる。急がなければ、先生が見回りにきてしまうだろう。少しだけ無言になって、オレンジ色の廊下を歩いていくあたし達。肝試しで来た時はあんなに怖かったのに、今は怖いよりも別の感情が勝っている。  閉校になるなんて、ずっと前から知っていたのに。それを聞いた時より、今の方が落ち込んでいるのはどうしてだろう。  その時が間近に迫って、やっと実感が沸いたからだろうか。それとも、今まで当たり前にそこにあったものが当たり前でなくなることがどれほど恐ろしいか、ようやく理解できるようになったからなのか。  ああ、誰かが前に言っていた。大切なものは失って初めて気づく、と。それを聞いた時、あたしは思ったのである――そんなあとからウジウジ言うくらいなら、普段から大事にしておけばいいだけの話じゃん、と。思えなあれは、あたしが大切なものを失うような経験をしていなかったからこその言葉だったのだろう。つまり、この十一年の人生、本当に恵まれていたからだとも言うのである。  今、やっと分かったような気がする。  そうだ、このメンバーで何かをすることなんて、きっとこれから先は、もう。 「……あった」  四階の、一番奥の教室。  そのドアに、あの黄色いメモが貼りつけてあった。中には入らなかったのか、とドアを引っ張ってみたところ、鍵がかかっていることに気付く。どうやら前の肝試し騒動のあと、先生が安全のために鍵をかけてしまったということらしい。それでやむなく、メモをドアに貼るしかなくなったのだろう。  書かれている文字は、“水”。
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