<10・うたごえ。>

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「覚えてる覚えてる」  三階の廊下を歩く時は、少しばかり声のトーンを落とさなければいけない。同時に、先生たちが見回っていないか注意しつつ、そろそろと進むようにしなければならなかった。三階だって、本来ならそうそう足を踏み入れる必要がない場所なのだ。何でそこにいたのか、と尋ねられたら言い訳するのが難しくなる。  下の階に響かないように足音に気を付けていても、お喋りが止まらないのは。やっぱり、お別れ、を本格的に意識し始めてしまったからだろう。  よりにもよってこの切ない曲である。夕焼けこやけといい、どうにも夕方のテンプレ局はさよならのイメージが付きまとっていけない。 「あたし、稚奈ちゃんが意外だった」  その気持ちを振り切るように、あたしも会話に加わる。 「モーニング娘のLOVEマシーンをまさかチョイスしてくるとは思ってなかったよ。そりゃ、国民的ヒット曲なんだろうけどさ。あたし達が生まれる前の曲じゃん。ていうか、2000年より前に発売された曲じゃなかったっけ?うっわ、二十年前だ」 「下手すりゃ今の二十代もリアルタイムで聞いてない曲だなあ。稚奈は、お母さんが好きだったから車の中とかでよく聞いてたつってたっけか」 「まあ、ノリノリな曲だから楽しく歌うのにはちょうど良かったんじゃない?」  くい、と眼鏡を押し上げつつ侑李が言う。 「歌の文化って、そうやって受け継がれていくんだよ。そもそも古いとか言い出したら、初音ミクだって2007年とかに売り出されたのが最初でしょ。もうすぐ十五年経つんだよ」 「詳しいなオマエ!そうか、ボカロって新しいイメージあったけど、もう結構歴史があんだなあ……」 「ボカロの初期の曲とかだと、あたし達普通に生まれてないもんねえ」  キャンプファイアーでみんなで歌う曲、にボカロを持ってきたのは侑李である。あたしは大好きなAdoの曲をみんなに提供したのだった。鶴弥はとある男性アイドルグループの曲のうち、映画の主題歌にもなったみんなで踊れるノリノリの曲である。なんとも、持ってくる歌にも性格が出るなと思ったものだ。  稚奈のチョイスは予想外なものだったが。多分、彼女はみんなで楽しく踊ったり歌ったりの思い出が欲しくて、あんなことをしたのだろう。閉校の話があってもなくても、在学中に林間学校に行ける機会はそう多いものではない。事実、あたし達も一回しか行くことができなかった。侑李より下級生の子供が入ってこなかったというのも大きいのだろう。  こうして校舎の中を歩いていると、思い出があとからあとから溢れてくるものだ。これで、センチメンタルになるなという方が無理な話である。 「よし、先生はいないな?」
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