20人が本棚に入れています
本棚に追加
検査
畑や森の緑色に囲まれた僕達の集落とは違い、州都は色彩に溢れた巨大な生き物みたいだった。空を突き刺すような超高層ビルも、高速移動車が行き交う専用管も、星外居住地へ飛び立つ輸送船も、なにもかもが初めて目にするもので、田舎者の子ども達は、バスの窓からあちこち指差してはワァワァはしゃいだ。
やがて、真っ白なメディカルセンターの建物に着くと、僕達は幾つかの班に分けられた。
「別の班になっちゃった」
「きっと大丈夫だよ。ここの所、夢は見てないんだろ」
「うん……」
「あっ、僕の班、あっちだって。またね、ルカ!」
白衣の女性が呼んでいる。僕の班が移動し始めた。慌てて駆け出しながら振り返ると、ルカは不安気に小さく手を振った。
それが、僕の知る彼を見た最後だった。
移動先の病棟で班の担当者から翌日の検査について説明を受けたあと、僕達は狭い個室に案内された。部屋の突き当たりに小さな窓が申し訳程度に付いており、その下にテーブルと椅子がある。手前のベッドの上に、パジャマ代わりの水色の病衣が置かれていた。
高い天井には丸い照明が付いている。壁のどこにもスイッチはなく、「消えたら寝なさい」ということらしい。荷物を置いて着替えたら、夕食が運ばれてきた。トレイには、芳ばしい香りのするドロリと白濁したスープが一皿と、モチッと弾力のある手のひらサイズのパンがひとつ、それだけだ。あっという間に食べ終わり――もうなにもすることがないことに困惑した。
そうか。ここ、時計がないんだ。
殺風景な室内を見渡して、気が付いた。自分が立てる音以外、シンと静まり返っている。僕の身長よりも少し上にある窓は、よく見ると灰色の曇りガラスが嵌め殺しになっていて、外の様子はまるで分からない。
所在なく、ベッドに寝転がって、家から持ってきた本を開く。僕達が暮らすこの星と、星外居住地開拓の歴史物語で、しばらく前から僕を夢中にさせている。栞を挟んでいたのは、ちょうど全体の1/2の辺り。第4章に入った所で、1人の天才科学者タルマ・バールが画期的な航宙システムを開発して、航宙船の性能が飛躍的に向上したところだ。いつか人類が星外に移住するために、適した場所を探し出す――その夢に向かって大きく前進した、心躍る部分だ。
当初、居住地の候補に挙げられた惑星は、現地調査で次々に不適合となり、人々は失望する。しかも太陽が異常活動期に入り、ヨージュでは致死性の皮膚病が蔓延した。作物にも影響が出て、世界的な食糧難になり、その後150年の間にヨージュの人口の1/4が失われた。それでも人々は諦めなかった。
数多の失敗を繰り返し、困難を極めた探査の末――遂に、今からおよそ500年前、恒星アルナの2つの惑星、レーヴとドーヴを発見した。ヨージュによく似た環境を更に200年かけて整備して、今ではヨージュの3人に1人が移り住み、豊かに暮らしているという。僕も、あと3年して高等部に進学したら、研修旅行で居住地に行ける。今から楽しみで仕方ない。
『明日、精密検査を受ける皆さんへお知らせします。当病棟は、あと10分で消灯時間になります。トイレの必要がありましたら、廊下の担当者に――』
突然、アナウンスが流れた。僕は急いで廊下に出る。同じフロアの学友も数人姿を見せていて、担当者に案内されてトイレを済ました。私語は禁じられていて、沈黙のまま自室に戻り、ベッドに潜り込んだ。多分疲れていたのだろう――天井の灯りが消える前に、瞼が下りて暗転した。
最初のコメントを投稿しよう!