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再会
精密検査では、血液検査始め脳波や内臓の状態、発達の程度、身体の機能などを、丸一日かけて細かく調べる――と聞いていた。けれども、個室のベッドで目覚めたのは翌朝ではなく翌々日の朝だった。眠っている間に、予定されていた全ての検査は終わっていた。
個室で食事して着替えると、僕達はバスに乗せられた。施設を離れ、あっという間に州都が遠ざかる。往路、あんなにはしゃいでいた子ども達は、誰ひとりお喋りすることなく座席に身を沈めている。気の抜けた風船のように全身の力が抜け、まだ半分以上眠っているようなぼんやりとした感覚だった。
学校では、親達が体育館で待機しており、僕達はまだフワフワした状態のまま、帰宅した。翌日から週末に入ったものの、僕はほとんど眠って過ごした。お気に入りのヨージュ開拓物語を開くこともなく、なにもする気が起きなかった。
だから、同じバスでルカが戻ってきていないことに気づいたのは、翌週の初め――帰宅から、実に3日も経っていた。
「先生! ルカは、どうしたんですか?!」
授業が始まる前に、教員室に飛び込んだ。担任を捕まえて詰め寄ると、彼はにこやかに微笑んだ。
「ああ、君はルカと仲が良かったよね。あの子は、追加検査が必要になったんだ。でも、大丈夫。すぐに戻ってくるから、安心しなさい」
知らない声が話しかけてくるという夢――ルカが戻ってこないのは、恐らくその夢のせいだ。ここで僕がなにか騒ぎ立てることで、彼の帰りが早くなるとは思えない。むしろ……。納得できなかったけれど、これ以上食い下がるには、僕に切れるカードがなかった。
初等部の卒業式にも、中等部の入学式にも、ルカは間に合わなかった。何度か彼の家を訪ねたけれど、両親もまた笑顔で「大丈夫、あっちで元気にしているよ」と繰り返すだけだ。元気なら、どうして帰れないのか――矛盾だらけなのに、僕の周囲の大人達はまるで心配していない。それが異様に思えた。
あれから季節は移り、中等部の制服の袖丈は肘の上に変わっていた。
「マイケル、ルカが戻ってきたんだって!」
「ええっ、本当?!」
「ああ。今、両親と校長室に挨拶に来ている!」
昼休み、初等部で同じクラスだったフィルが、教室に駆け込んできた。弾かれたように僕は教室を飛び出した。
ルカ! ああ、やっと会える!
中等部に来たということは、精密検査をクリアしたんだ。もう問題ないということだろう。
「こらっ! 廊下を走るな!」
「あっ、先生! ルカが来ているって、今」
「……ああ。応接室だ、ついて来なさい」
出会した先生は、僕を見下ろすと踵を返して案内してくれた。彼の後に続きながら、乱れた息を整える。胸もドキドキが止まらない。もちろん、走ったからじゃない。
「失礼します。マイケル・エルニドが来ています」
ノックに続いて入室した先生の背中越しに、ソファーに座る人の姿が見えた。
「マイキーが?!」
囁くように潜めた声が、僕の愛称を口にする。
「あっ、ルカ、待ちなさい」
続けて、彼のお父さんの声。
「マイキー、会いたかった!!」
先生の身体の横をすり抜けて、ヒョロリと長身の青年が現れた。ルカと同じクリーム色の髪、飴色の瞳、白い肌――それ以外は、どこもルカに似ていない。
「ル、ルカ……?」
「ハハッ、驚いた? 俺、ちょっと背が伸びたんだ」
まるっきり知らない顔をした青年が、人懐っこい笑顔を僕に向けて近づいてくる。部屋の入口から動けずにいると、彼は僕の手を取り、固い握手を交わした。
「やっと一緒に通えるな、マイキー!」
聞き覚えのない低い男の声が、僕の愛称を繰り返した。彼の瞳に映る僕は、涙目で怯えた表情を歪めていた。
翌日から、ルカは僕達のクラスメイトになった。入学から今までの欠席は、病気療養が理由の“休学扱い”になったらしい。
「背が伸びたなぁ、ルカ!」
「ちょっとだけだよ」
「追加検査って、身体はもう大丈夫なの?」
「ああ。栄養のバランスが少し崩れていたらしい」
「そっかー」
「休んでいた分、勉強、早く追いつかなくちゃなぁ」
フィルを始め、初等部でクラスメイトだった数人がルカを囲む。誰ひとりとして、彼が別人だなんて思っていない。
遠巻きに眺めながら、混乱で吐きそうだ。おかしいのは、僕なのか――?
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