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決別
部活動や委員会を理由に、なるべくルカと一緒に登下校しないようにしていた。避けていると気づかれないように慎重に行動していたけれど、ひと月……ふた月誤魔化して、もう限界だ。
夏が終わる頃、僕は決心した。
「ルカ、今日、一緒に帰ろう」
「いいのか?」
あからさまに嬉しそうに破顔する。こんな反応は、元のルカそのものなのに。
「また背が伸びたね、ルカ」
「成長期だからな。マイキーも、そのうち追いつくさ」
校舎がすっかり見えなくなって、更に10分ほど歩いた辺り。なだらかな丘にオレンジ色の花が咲く。同じ色が空の端からユルユルと流れ込んでくる。秋の斜陽は影を長く引き伸ばし、足元の輪郭を曖昧に溶かす。
「ねぇ……本当のことを教えてよ」
道の果てを見据えたまま、切り出した。すぐ横を並んで歩いているのに、僕達の間には埋められない距離がある。
「検査に行く前、ルカは『怖い夢を見る』って言っていた。『知らない男の声が話しかけてくる』って」
規則的な足音が、沈黙を際立たせる。涼しい微風がサワサワと頰を撫でる。
「君は、誰?」
「マイキー……」
「その名で僕を呼ぶな! 呼んでいいのは、ルカだけだっ」
息を飲む気配がした。足音がひとつ止まる。僕も足を止めた。
「俺は……“ルカ”なんだ」
「嘘だっ! ルカは『俺』なんて言わない! ルカを返せよ!」
振り向くと、たった数歩遅れただけの青年は、まるで崖の縁に立たされたように青ざめている。
「本当なんだ……本当に、俺……は、“ルカ”なんだよ……」
「嘘つき!!」
ザワザワと草波が揺れる。埃っぽい乾いた風が吹き抜けた。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!!」
悔しい。あの悪夢はきっと、SOSだったんだ。ルカは親友だったのに、彼の身に、なにか重大な事が起きたのに、僕はなにも出来なかった。
みすみす……こんな他人にすり替わられてしまうなんて。
「マイ……」
「うるさいっ! お前なんか、ルカじゃないっ!!」
赤い日射しが彼を背後から染めていく。髪が肌が全身が、ゆっくりと逆光に飲み込まれて翳りゆく中、噛みしめた唇が震えていた。
「本当のことを言えよ! 言えないなら、もう僕に話しかけないでくれ!」
感情が迸る。不甲斐ない自分に対する憤りと、親友の振りをする目の前の他人への激しい怒り。半分は、八つ当たりだ。彼の顔を見ずに吐き出して、僕はクルリと家路を駆け出した。
「待って……マイ……」
置き去りにした青年の低い声が、追い風に乗って、耳元で千切れた。振り切るように、全力で駆けた。生臭い血の味がして、唇を噛みしめていたことに気がついた。空は茜色、宵闇が足元に広がって、寂しくて堪らない。ルカに会いたい――。
制服の袖丈が長くなった頃、ルカは突然転校した。親の都合で急に決まったとかで、挨拶もそこそこに、家族と共に越していったのだ。クラスにも集落にも、もうルカの姿はどこにもいない。尤も、あの秋の帰り道を最後に、僕達が言葉を交わすことはなかったから、僕の中では“知らない他人がいなくなった”という感覚でしかない。僕の知るルカは、あの春を最後に消えたんだ。
僕にはフィルや他の友達がいたし、部活動や委員会の活動も忙しくなった。目まぐるしく過ぎる日常が、胸の空洞を少しずつ埋めて――埋めて、埋めて。やがて、中等部で迎える、最後の春の終わりが近づいていた。
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