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孵化
初等部では精密検査を済ませてから卒業式が行われたが、中等部では卒業式が先だった。卒業生とその両親が全員出席するのが習わしで、広い体育館では家族単位で壇上に呼ばれた。卒業生は、校長先生から卒業証書を受け取ると、その足で自分の両親に証書を手渡して一礼する。それは、初等部から中等部までの9年間通った「学校」という地域の教育機関からの卒業であり、生まれてから15年間暮らした「家庭」という集落の育成機関からの卒業を意味していた。
初等部と中等部の校舎は、同じ「学校」の敷地内に併設されているが、高等部の校舎は州都にある。全員の“卒業”が終わると、僕達は校庭に誘導された。外は既に日が傾いており、沢山の「おめでとう」の声に贈られて、待機していたバスに乗った。このまま僕達は故郷を離れ、明日から州都の学生寮で暮らし始めるのだ。
夜通し走ったバスは、翌早朝、停車した。寝ぼけ眼で車窓を覗くと、巨大な白い建物が朝焼けの中に浮かんでいる。それは、見覚えのある検査施設だった。
「ようこそ、お帰りなさい!」
疲労と空腹、まだ脳を掴む強い眠気でフラフラしながら、バスを降りる。ズラリと並んだ白衣の集団が、声を揃えて僕達を出迎えた。戸惑う内に、仲間達は次々と車椅子に乗せられて、施設の中に運ばれていった。
「君、ここに座って」
気が付くと、若い男性が僕の背後に車椅子を回し、両肩をグイと後ろに引いた。尻餅を付くように車椅子に崩れた途端、勢いよく車輪が走り出した。白い廊下をドンドン進み、狭い個室で下ろされた。精密検査のために3年前にも泊まった、あの個室だ。
「お腹が空いたでしょう。すぐに食事が運ばれてきますから、着替えておいてくださいね」
卒業式からこっち、あれよあれよという間に進んでいるが、入寮する前に精密検査を受けるという流れなんだろう。これまでの経験から、僕はさほど疑問に思わず、言われた通り病衣に着替え、大人しく食事を平らげた。空腹が一気に満たされると、もう睡魔の手を逃れることは出来ず、トイレのアナウンスを聞く前に眠りに落ちた。
1週間後、高等部の入学式があり、僕達の新生活が始まった。けれど、州都の学校に進んだのは中等部卒業生の約4割――残りは、特別進学生として星都の学校に迎えられたのだという。
「君、こんな本、持ってきたの?」
寮で同室になった赤毛の先輩は、僕が自分の荷物から取り出したヨージュ開拓物語を見ると鼻で笑った。
「愛読書なんです」
「フウン。俺達の卵は、孵化出来なかったんだよ」
ムッとして答えると、彼は薄い唇を歪めた。
「聞いたことない? 俺達は、生まれたときに『幸せの卵』をもらっているんだ、って」
彼の言葉の意味を、僕は入学式の後でたっぷりと噛みしめることになる。このときは、彼がなにを言っているのか、まるで分からなかったけれど。
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