第1話 樹海の屋敷と不思議な男

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第1話 樹海の屋敷と不思議な男

(私の居場所なんてどこにもない。今までも、きっとこれからも――)  自殺の名所として知られる樹海の中を、1人の少女が歩いていた。木々に遮られて光の届きにくいこの場所は、全体がひんやりとした空気に包まれていて。地を這うように伸びた木の根には、芸術作品かのごとく苔が蒸している。  少女の名は、葉月凛。彼女もまた、この樹海で生を終えようとしていた。 (……思ったより怖くないな)  樹海に1人で行くなんて、もっと怖いことだと思っていた。でも今は、誰もいない、人の声が聞こえないこの世界が心地いい。もういっそ、この静寂に溶けてしまいたい。そう思った。 (どの辺にしようかな。せっかくだし、どこか特別な場所で死にたいな)  森に入ってからどれくらい歩いただろうか。前を見ても後ろを見ても、視界に映るのは途方もない雑木林のみ。凛は既に、自分がどこから来たのかまったく分からなくなっていた。それでも、湿気と苔で滑りやすい足元に気をつけながら、ただただ歩みを進めていく。この景色が永遠に続くのではないか、とさえ思えた。が、その時。 (――うん? 何あれ?)  凛の眼前に、苔や蔦に侵された壁のようなものが現れた。近づいてみると、どうやらレンガでできた壁と、鉄でできた黒い門らしかった。門は鉄の蔦がゆるく編まれたような優美なデザインで、上方はアーチを描いている。壁も門も、凛の身長よりはるかに高い。 (こんなところに門? ってことは、家があるってこと?)  凛は、鉄の蔦の隙間に絡まった本物の蔦をかき分け、中を覗き見る。すると僅かだが、荒れ放題の庭の奥に一軒の家が見て取れた。高さや門からの距離を鑑みるに、家というより屋敷と言った方が正しいかもしれない。その家――もとい屋敷は、それだけ大きかった。 (廃墟? 誰も住んではない、よね?)  凛はふと思い立ち、門を開けようと試みる。が、蔦がびっしりと絡まっていて、凛の力では開けられそうにない。しばらくガシャガシャと揺すってみたが、びくともしなかった。 (だめ、か)  凛が諦めてその場を去ろうとしたとき。 「うちに何かご用ですか?」 「!?」  突然背後から声をかけられ、驚いて振り返ると。そこには、黒を基調としたローブを身に纏う男性が立っていた。
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