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第4話 ドリンク名は【深い夜】
「ああそうだ。お名前を聞きそびれていましたね。お名前はなんというのでしょう?」
「……葉月凛です。あなたは?」
(――って何聞いてるんだろう? どうせ私、これから死ぬのに。というかこの人も、死ぬ人間の名前なんて聞かされて迷惑だろうな)
「凛さんですか。このカフェにぴったりの名前ですね。私は魔法使いのマギと申します。この地底カフェの店主ですよ」
「魔法使い……!? そんなことあるわけ――」
「……でも、ここに来るまでの経緯で、人でないことはお分かりなのでは?」
「…………」
そんな人知を超えた存在認めたくない。そう思いながらも、凛はこれまでのことを思い返し、たしかに人にできることではないな、と考える。魔法使いだと信じてしまえば、あのがんじがらめだった門がすんなり開いたのも納得がいく。
(いやでもなあ。さすがに魔法使いって……)
「……マギさんは、ここに1人で住んでるんですか? どうしてこんな樹海の奥なんかでカフェを?」
こんな場所にお店を構えたところで、お客なんて来ないだろう。凛はそう思った。自殺志願者や遭難者が屋敷の近くを通ることはあっても、こんな地下深く、マギに出会いでもしなければまずたどり着けない。
「ああ、私ははぐれ魔法使いなんですよ」
マギはそう言って笑う。
「はぐれ魔法使い……?」
「ドリンクもできたことですし、少しだけ私のことをお話ししましょう。ちなみに、ドリンク名は【深い夜】です」
凛の前にそっと差し出されたのは、細めの筒状のグラスだった。グラスには、冬の夜空のような透き通ったサファイアブルーから始まり、ネオンブルー、アクアマリン、オパールと、まるで宝石を重ねたような美しい色合いのグラデーションができている。氷の隙間から小さな泡が絶え間なく上昇し、表面でパチパチと弾けた。
「宝石みたい。――しかもこれ、すっごくおいしいっ!」
「お気に召したようで何よりです」
【深い夜】は、見た目の静かな色合いとは裏腹に、トロピカルな味わいの爽やかなノンアルコールカクテルだった。口の中に、炭酸の程よい刺激と甘酸っぱさが広がっていく。
「……その、マギさんのお話、聞きたいです」
「はい。私は魔法使いが暮らすある村で生まれ、そこで育ちました」
マギは、静かな声で自身の生い立ちを話し始めた。話によると、マギはその村で一番の魔法使いだったらしい。
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