13-2

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「それにしても、買すぎじゃない?」  買ってきてもらって文句を言うのは良くないと分かっていながらもつい言ってしまう。頼んだもの+舞雪の食べたいものの材料まではわかる。ただ、それ以外の食品が多過ぎるのだ。肉とか肉とか肉とか…。 「面倒なら塩胡椒して焼いただけでも美味しいお肉選んだから。  だって、いつもの食べたくて挽肉選んでたら見つけちゃったんだもん」  わざとらしく言う舞雪に何を言っても無駄だと諦め調理を始める。  その間も〈肉をもっと食べなさい〉と煩い。魚と言わないのは舞雪が魚より肉派だからだろう。  舞雪の言ういつものパスタを作ってノンアルコールだというワインを添える。  パスタは茄子と挽肉をケチャップやソースで味付けした簡単なものなのに、何故か舞雪のお気に入りで来る度に強請られるメニューだ。事前にわかっている時は温泉卵を作って上に乗せるのだけど今日は時間が…と思ったらちゃんと温泉卵まで買ってきていた。一緒に買ってきてもらった新鮮な野菜でサラダも作って一緒に出す。常備菜を、と思ったけれど今日のメニューに合いそうなものが無くて諦めた。 「何となく作り方は分かるのに雅のが食べたくなるのよね」  満面の笑みで言われてしまうと嬉しくなってしまう僕は単純なのだろうか? 「ところでさ、彼と同棲してた時はチェーンどうしてたの?」  サラリと聞かれた内容に僕の動きが止まる。言われるまで気付かなかった事。  そういえば彼の部屋では当然チェーンを掛けていなかったし、掛けてないことを不安に思うことも無かった。  何でだろう?無意識にあの部屋は安心だと思っていたのだろうか? 「掛けてなかった」  そう答えると舞雪は意味深に笑う。 「信頼してたんだね。  なのに何でちゃんと話さなかったの?」 「だって、向こうが話す気が無さそうだったから」 「本当に?」  その言葉に対して返事に困ってしまう。彼は本当に話す気が無かったのだろうか?最後の電話でちゃんと話したいと言った彼が真実だったのではないのか? 「どうせ直輝は雅の言うこと鵜呑みにして雅の味方なんでしょ?でもさ、あいつ単細胞じゃん?」 「その直輝にまだ執着してるじゃん」 「だから、それが勘違いなんだって。どうせそれも直輝が言ったんでしょ?」  舞雪の言葉に僕は頷く。  直輝が僕に連絡してきた時に言ったんだ。 「舞雪さ、まだ俺のこと好きみたいなんだけどこっちはもうそんな気は無いからさ。嫁に変に勘ぐられたくないから雅が間に入ってくれると助かる」  そこで連絡を断とうとしないところが直輝らしいと思った覚えがある。その当時の舞雪は帰国して落ち着いた頃で、もしかしたら直輝とやり直したくてコンタクトを取ろうとしているのかと勘繰りこちらから舞雪に連絡したのだ。 「そもそも私が直輝と連絡を取ろうとしたのは雅のせいなんだからね」  呆れた風に言われてしまった。 「私さ、言ったことなかったけど学生の時から雅が直輝のこと好きなの知ってたんだよね。それこそ私と付き合う前から」 「うん、何となくは気付いてた。  最初は僕の事、牽制してたよね」  思い出すと笑えてしまうような可愛らしい牽制。僕の目の前で手を繋いだり、腕を組んだり。それでもその当時は舞雪も自分も真剣だったんだ。 「向こうに行く時に直輝と雅が仲良くなるならそれならそれで許せると思ったんだ。他の女に取られるくらいなら直輝のことを大切にしてくれる雅がいいって。  あの時は言えなかったけどね。  だから帰ってきた時に他の子から雅が色々と大変だったって聞いて慌てて連絡を取ろうとしたのに雅ってば連絡先変わってるし。それで直輝に雅のことを聞こうと思ったらあの馬鹿が勘違いしたからこんな事になってるのよ、そもそも」  そんな経緯があったのかと少し驚いたけれど、言われてみれば腑に落ちることも多い。僕はその経緯から舞雪は直輝のことが知りたくて連絡してきていると思っていたけれど、よくよく考えれば直輝の話よりも僕の様子を気にしていた。 「その事、直輝は?」 「もちろん、すぐに訂正したわよ。  いくら好きだったとはいえ既婚者とどうこうする気は無いし。ただ、直輝は直輝で雅のこと心配してたからそれならお互いの情報を雅を通して知ろうとしてるふりするのが良いんじゃない?って事になったの。  …なんか、余計ややこしくしただけだったみたいだね」  いつも強気な舞雪が弱気になってて面白い、と思えるくらいには元気になったように思う。周りにこれだけ自分を想ってくれる相手がいる事が素直に嬉しかった。 「なんか、ありがとう」  それしか言えなかった。  人恋しい時にこんな優しさは卑怯だ。  そう思うと泣きたい気持ちになるのだけど、昨日から泣き過ぎたせいか涙は出てこなかった。 「雅さ、もう1回彼とちゃんと話しなよ」  舞雪が真剣な顔で言う。 「このままじゃ、ずっと引きずるよ?  昨日の直輝みたいに私が横にいてあげることもできるよ?」  ありがたい申し出だったけれど僕は首を横に振る。 「確かに昨日はちゃんと話してないけどこうなる前に何も出来なかったって事は事実だから。もうさ、パートナーとか要らないかな…」 「まだ20代なのに何言ってるの?」 「そんな風に言ってもさ、もう30代になるよ」 「やめて、耳が痛い。  …今はまだ仕方ないけど落ち着いたらブロックは解除したら?」  そう言われて心が動く。 「お互いに冷静になればまた違う結果が出るかもよ?」 「でももうパートナーいるみたいだし」 「本人は違うって否定してたんでしょ?」 「じゃあ、セフレ?」 「だからそれをちゃんと話し合えって言ってるの」  舞雪らしい言葉に思わず笑みを浮かべてしまう。 「ヘラヘラ笑ってないの。  とりあえずちゃんと食べて、もう少し肉付けないと抱き心地悪そうよ?」 「それで駄目になったのかな?」 「だから話せって言ってるんだって」  軽快なやり取りなようで少し緊張感を孕んだやり取り。 「ブロックはさ、解除するつもりだよ。  今はまだ無理だけど…。その時にまだ連絡が来るようなら話をしてみる」 「相変わらず面倒臭いよね」  自覚をしていても人から言われると少し嫌な気分だ。ただ、舞雪はその辺も含めて分かっていてわざと言っているのだろう。 「好きなの?」 「うん」 「好き過ぎたんでしょ?」 「かもしれない」  短い言葉だけで伝わる気持ち。  舞雪は話しながら器用にパスタを食べ、ノンアルコールワインを飲む。サラダを食事の最初に食べていたのを見て〈変わらないな〉と妙に安心したのは変化する事が怖いからなのかもしれない。 「今までと違ったの?」 「どうだろう?  でも、今までは〈何かしてないと忘れる〉と思って連絡したり、世話したりしてたけど彼に対しては自然に出来てたかもしれない。  連絡したかったし、毎日のお世話もしたかったからしてたのに…重かったのかな」  言いながらため息が出る。  ため息と一緒に僕の気持ちも少しずつ流れ落ちていけばいいのに。そうしたらため息のたびに気持ちが軽くなるのに、と思うものの現実は正反対で彼への想いは重いまま胸の奥に沈んでいる。 「おかしな話よね。  尽くせば尽くすだけ重いって言われるって、尽くされる事の何が気に入らないんだか」  舞雪は尽くすよりも尽くされる事を好むタイプだから自分と置き換えて考えているのかもしれない。 「私は雅みたいに不器用で一生懸命なの、好きよ?  そんな風にされたらそのまま閉じ込めて私のお世話だけしてもらうのに」 「舞雪が男だったら上手く行ったかもね」 「本当、そうなのよね。  雅が女でも良いって言ってくれたら私、雅のこと囲ってたよ?」  嫣然と微笑んだ舞雪は多分本気だ。  親からは働く必要は無い。花嫁修行をしてそれなりの相手に嫁いで毎日好きにしてたらいい、と言われてそれが気に入らないと海外に飛び出した舞雪。  海外で思うように学び、あちらで卒業して日本に帰ってきた時には〈私のスキルがあれば就職なんて余裕よ?〉と嘯いていたけれど、実際に結婚後も仕事を続け結婚前よりも仕事を楽しんでいる。  舞雪のパートナーはどちらかと言うと直輝よりも僕に似ているのは気のせいじゃ無いのかもしれない。 「そんな事言うと旦那さん、怒っちゃうよ?」 「大丈夫、旦那も雅君の恋愛の対象が男の人で助かったって言ってるよ」  おかしな夫婦だ…。 「雅はさ、もっと自信持てば良いのよ。  その容姿と家事能力があればモテモテよ?なのに変に自己肯定感が低いから駄目なのよ」 「だって、もうあんな目に遭いたくない」 「あれは…相手が悪かったのよ、多分」  舞雪は実際に見てなかったから曖昧にしか言えないのだろう。  学生の頃付き合った相手との別れ話が原因で、散々な目にあった時に助けてくれたのは直輝だった。と言っても連絡の取れない僕の様子を見にきて散々な目にあった僕を見付け、衝動のままに相手を責め立てただけなんだけど…。それでも自分は悪くなかったと言ってもらえただけで救われたのだ。  あの時、別れたはずの相手が無理矢理部屋に押し入ってきて嫌だと言っても容赦なく犯された。もともと付き合っていた相手だから僕の弱いところも気持ちいいところも全て知った上で好き放題にされた。もともと男の身体は受け入れるようには出来てないのだから好き勝手にされれば負担が大きい。それなのに嫌だと言っても、やめてと懇願してもやめてもらえず相手が飽きるまで好き勝手にされた。  強制的な快楽なんて暴力でしかない。  好き勝手に暴かれ、写真を撮られ、何の用意もないまま使われたベッドは乱れたままになっていたのにそこに寝かされたまま「また来るから」と声をかけて出て行った相手に何も言えず、どうやってこの惨状を戻したらいいのかとそればかり考えていた。  動かそうと思っても動かない身体。  助けを呼ぼうにもこんな惨状、誰にも見せられない。  電話をしようにも声も出ないし、それ以前に指先ひとつ動かす気になれない。  ただ乱されたベッドで布団に包まり体力が回復するのを待つしかなかった。 〈このまま死んじゃうかもな…〉  そう思ったのも本心。  あの時に死んでたら楽だったのかな。  結局連絡が取れないことを心配した直輝が来たのは何とか動くようになった身体に鞭打って片付けをした後だったのに、急に部屋に入ってきた直輝に怯えてパニックを起こしたせいで全てバレてしまったのだ。  直輝はすぐさま相手を呼び出し、警察に行かれたくなかったらどうしたらいいのか自分で考えろと詰め寄った。 「診断書取って傷害罪で訴えることもできるから。お前、雅に散々してたみたいだから病院行けばすぐに書いてくれると思うよ」  確かにそうだろう。  僕の為ではなく自分の為に避妊具は欠かさなかった相手だけど、僕の身体には彼の痕跡が残ったままだ。様々な跡は少し調べればすぐに彼のものとわかるだろう。 「写真、撮られた」  曖昧な記憶だけど最後に「拡散してもいいんだよ?」と見せられた写真の数々。だから黙っておけと言いたかったのだろうけど黙っているつもりなんてない。 「拡散するって言われた。  言うこと聞かなかったらあの写真で脅してまた同じ事するの?」  言いながらあの時の恐怖が蘇る。  抗えない恐怖と暴力的な快楽。  抵抗しようにもそれが出来ない圧倒的な体力差。  震えながら言葉を吐き出し、無意識に涙をこぼす僕はよほど哀れだったのだろう。 「悪かった」  一言そう言ってあの時のデータを消去したのは相手の僅かに残った良心だったのだろうか。 「別れたくなかった。  あんな事してでも繋ぎ止めておきたかった」  そう言ったけれど、別れを切り出したのは相手の方だ。  ヤキモチを妬いて欲しかった。  俺だけを見て欲しかった。  他の男に優しくするのが許せなかった。  他にも色々と言っていたけれど、どうしてそれをちゃんと伝えず〈別れたい〉なんて一言で僕を支配しようとしたのだろう?  ただ一言〈俺だけを見て欲しい〉そう言ってくれれば願う通りの僕になったのに。  そうか、この時から健気に尽くす僕になったんだ。尽くして尽くして、そうすれば相手が安心すると思ったんだ。  尽くして尽くして、そうしないとまた同じ目に遭うかもと恐怖していたんだ。  連絡を取らないと浮気を疑われてまた酷い目に遭わされるかもしれない。  お世話をしないと気持ちが離れたと思われ縛り付けられるかもしれない。  それならば尽くして尽くして、僕は貴方の事が好きなんだと伝え続ければ上手くいくと思ったんだ。  それなのに結果は尽くせば尽くすほど重いと言われて独りになっていく。  きっと僕は独りがお似合いなのだろう。
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