13-3

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「雅はさ、リハビリ中なんだよ」  舞雪がポツリと言う。 「人とうまく向き合えるためのリハビリ中。そもそも言葉が少なすぎるんだよね。  好きな相手なら言葉に出さなくても通じ合える、なんて幻想よ?  相手のことを想って先回りするのは悪いことじゃないけど雅の場合はやりすぎです」  そう言われてもリハビリで傷付いていたらリハビリにならないではないか。 「リハビリって言うより荒療治?  もうさ、独りでも良いかな」 「良くないよ」  無意識に呟いた言葉に舞雪の言葉が被せられる。 「そもそも荒療治って第三者の手があっての言葉じゃない?雅の場合は自分から飛び込んでいってるし。もしかして荒行のつもり?」  舞雪に言葉で勝てるわけがなかった。 「雅が独りだといつまで経っても心配し続けることしか出来ないのよ?」 「それは申し訳ないな」  軽口を交わしているようでお互いに本音でしかない会話。 「とりあえずはちゃんと食べなさい。  もうね、雅細過ぎ!  私の服でも着れるんじゃない?  なによ、その細さ。こっちは年々代謝が悪くなるのか太りやすくなってるっていうのに」  ブツブツ言いながらもしっかり食べてくれるところが舞雪らしい。  一通り言いたいことを言ったのか、いつの間にか彼の話から舞雪の話になり、共通の知り合いの話になり。 「思ったよりは雅が元気で安心した」  そう言って舞雪は帰って行った。 「ちゃんと彼のブロック、解除しなさいよ」  釘を刺すのは忘れなかったけれど。  舞雪に釘を刺されて直ぐに解除できるほど素直ではない僕は、その後も気になりつつも解除できないまま時間だけが過ぎていく。  時折入る舞雪や直輝からのメッセージ。営業の途中だけど、と直輝が顔を出せば「ちゃんと食べてる?」と舞雪が差し入れを持ってやってくる。  そして何故か舞雪と直輝の奥さんと僕の3人のグループが出来ていて〈雅さん、今日は何食べましたか?〉と時折連絡が入る。何度かに1回は写真を送るように言われるのはちゃんと食べているか、嘘をついていないかの確認なのだろうか?  夏になれば彼が冷房負けしていないかと心配になり、秋が来れば夏バテしていないかと気に掛かる。  ちゃんと湯船にお湯を張っているのか、掃除まで手が回らなくてシャワーだけで済ませていないか。 〈あの子〉はちゃんと彼を支えてくれているだろうか。  新しい出会いが欲しいなんて思えなかった。直輝や舞雪が冗談めかしてそろそろ外に出るようにと言うけれど、時折食材を買いに行く以外に外出もしていない。  文章を書くことを生業にしているのにそれで良いのか、新しい情報を自分の目に取り入れるべきだ、と2人が来るたびに言われるけれど今の時代パソコンを開けば情報は無限だ。  場所の確認ならば地図アプリを写真に切り替えればその場に行ったのと同じような情報が手に入る。  僕の家のチェーンは僕が外出する時以外はほんの一瞬解除されるだけでずっと働き続けている。人間ならば過労死しているかもしれない。  変わらない毎日。  変わらない彼への想い。  胸の奥に沈み込んだままの彼への想いと、行き場を無くした彼への献身。  彼に向けていた献身は行き場を無くし、自分自身へ向けたとしても零れ落ちるその気持ちは直輝を通り過ぎ、舞雪に受け取られ、それでもなお余り続けては何処かへ零れ落ちて行く。  直輝や舞雪が来るたびに世話を焼きすぎるせいか、気を使わせるのも悪いと2人の足も徐々に遠のいて行った。 「私に使う時間があるなら彼にコンタクト取りなさい!」  久しぶりに本気で舞雪に叱られてしまった。持ってきたもの以上のものを持ち帰らせようとしたのは失敗だったらしい。日持ちのするものだったのに…。  長引いた暑さがやっと身を潜め、涼しくなって過ごしやすくなったと思うのも束の間。一気に寒くなってしまい風邪をひいてしまった。  こんな性格なので薬は常備してあるし、食事に困ることもない。スポーツドリンクが欲しいところだけど買いに行くのも億劫で、自作のスポーツドリンクで乗り切った。砂糖と塩さえあれば何とかなるのだ。  だけど体調を崩しても思うのは彼の事で、ベッドの中で布団に包まりながら彼が風邪を引いた時のことを思い出して少し笑って沢山泣いた。  病気をすると気が弱くなっていけない。  初めてお粥を作った時に味がないのが嫌だと言うものだから、その次からは薄味の卵がゆにしたのだ。それでも少し物足りないと言うもんだから次からは根菜類をしっかりと柔らかくした雑炊になり、少しずつ味を調整して彼好みの味を作っていった。  雑炊が食べたくて風邪をひいてないのに風邪をひいたと言って僕を呆れさせたのを思い出す。 「風邪ひいたふりなんかしなくてもいつでも作るのに」  と言った僕に 「だったらいつでも食べれるように一緒に住もうよ」 と言ったのは彼だったのに…。  孤独だった。  直輝や舞雪、それに直輝の奥さんまで僕を心配して定期的に連絡をくれていてもそれだけでは満たせないのだ。  彼の声を聞きたい。  彼に会いたい。  彼に触れたい。  彼に触れて欲しい。  結局は彼のことが好きで、彼を忘れることなんてできないのだ。 「そこまでひきずってるならさっさとブロック解除しなさいってば」  舞雪の声が聞こえた気がして指が勝手に動いていた。メッセージを開くとあの日に彼が送ってきた大量のメッセージが続く。  僕の帰りを願い、僕の言葉を引き出そうとするメッセージの数々。  これは彼の本心なのだろうか?  面倒なことは考えたくなくて何も考えずにメッセージを遡って行く。一緒に暮らすようになると〈今から帰る〉とか〈遅くなるから先に寝てて〉とか短い、味気ないメッセージが続くけれどそれ以前のものはそれなりに甘いメッセージもあって、それを見れば少しは元気が出るかと思ったのに逆効果だったことに気付いた時には遅かった。  楽しい時の思い出が溢れ出て涙が止まらなくなる。  体調の悪い時は心も弱っているものだ。そんな時に彼の優しい言葉を見てしまいどうしようもなくなってしまう。  舞雪の言葉が弱った僕を後押しする。躊躇って躊躇って、そしてブロックを解除した。  解除したからと言ってメッセージを送るわけでもなくそのままアプリを閉じる。 〈繋がった〉それだけで満足なのだ。  なんて単純なんだろう。  安心したせいか、泣き過ぎたせいか、それとも熱のせいか、いつの間にか眠ってしまったらしい。  メッセージの音に気付いた時には外はすっかり暗くなっていた。  直輝か舞雪か、どちらからのメッセージだろうと通知を確認する。 〈ただいま〉  何かの間違いだろうか?  彼からのメッセージを告げる通知。  きっと熱が上がったに違いない。そう思い枕元に置いてあった自家製のスポーツドリンクを飲む。  通知をもう一度確認するとメッセージはやはり彼からのもので、〈ただいま〉の一言に続きはない。メッセージを開きたい衝動に駆られながらも何とか我慢し、万が一開いてしまわないようスクショしてから通知を消去する。  おかしなことをしている自覚はあるけれど熱のせいにして自分を納得させる。  時計を見ると20時を少し回ったところで、早くもなく遅くもない帰宅時間。仕事が終わり食事をして帰ってくればこのくらいの時間になるのだろう。    1人で食事をしたのだろうか?  あの子は何をしているのだろう?  あの子と続いているのなら僕にこんなメッセージを送るだろうか?  考えたくなくても考えてしまう彼のこと。熱のある頭では考えがうまくまとまらず、それを確かめる勇気もない。  寝過ぎてしまったせいか寝ることもできず、と思いながら眠ってしまったようでメッセージを告げる通知で再び起こされた。 〈寒いから風邪ひかないようにね。  おやすみ〉  僕に向けてなのだろう短いメッセージ。今の状況を知っているかのようなメッセージに心が動きそうになるけれど、それでも何とか思いとどまり先ほどと同じようにスクショしてから通知を消した。自分の行動がおかしい事は自覚しているけれど、全て熱のせいにしておいた。  いつからメッセージを送っていたのだろうか、翌日からも続くメッセージ。 〈おはよう〉 〈行ってきます〉 〈ただいま〉 〈おやすみ〉  同じような時間に入る定型のメッセージ。そして時折入るそれ以外のメッセージ。 〈前に行ったあの店、経営者変わったみたいだよ〉 〈どこにいるの?〉 〈元気にしてる?〉  まだ僕の事を想ってくれているのだろうか?  まだ僕の事を気にしてくれているのだろうか? 〈雅、会いたい〉  彼の事を信じてもいいのだろうか…。
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