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 ブロックを解除してからもメッセージに既読をつける事ができず、スクショだけが溜まっていく。 〈おはよう〉 〈行ってきます〉 〈ただいま〉 〈おやすみ〉  定期的に届く定型のメッセージのスクショは直ぐにやめた。判で押したかのようにほぼほぼ同じ時間に送られてくるメッセージ。  土日もほぼ同じような内容で、彼が仕事だと言ってあの子のところに行っていたと思っていたのは勘違いだったのかとも思い始めていた。  では何故あの子はあんなメッセージを送ってきていたのだろう?  あの子のメッセージもブロックを解除してみようか。そんなふうに思わないでもなかったけれど、流石にそれは出来なかった。彼との〈事〉が嘘ならば僕とは関係のない事だ。ただ、写真に映る現実があるので彼を信じきれずにいるのは仕方がないだろう。  時折入る定形外のメッセージ。 〈雅、会いたい〉  初めてそのメッセージを見た時には思わず既読を付けそうになった。なったけれどあと一歩のところで止まった僕は偉いと思う。 〈今、何処にいるの?〉 〈元気にしてると良いな〉 〈俺の事、たまには思い出してくれてる?〉 〈そう言えば後輩の××が結婚するって〉 〈雅、会いたい〉  何度かに一回は入る〈会いたい〉のメッセージ。これは彼の本心なのだろうか?それ程までにまだ僕を想ってくれているのだろうか?  彼のメッセージは僕が既読を付け、返信をしない限りこのメッセージが延々と続くのだろうか。  直輝に見せてもらったブロック中のメッセージを思い出す。  イカれてる。  僕も大概だけど彼も相当だ。  もしかしたらお似合いだったのかもしれない。それでも蟠りがあるせいであと一歩が踏み出せないのだ。  本格的な冬になると彼からのメッセージは僕の体調を心配するものばかりになった。定型のメッセージに加え入るメッセージ。 〈今日は寒かったね。  風邪、ひいてない?〉  風邪を引いたからブロックを解除してしまったんだ。 〈冬がこんなに寒いなんて久しぶりに思ったよ〉  そんなの、僕だって同じ。 〈雅の湯たんぽ、うちに有るけど困ってない?〉  探してもないと思ったら忘れてきてたのか…。季節ものだから存在を忘れてた。きっと冬の寝具と一緒に片付けてしまったのだろう。  電気毛布や電気式パッド、他にも色々試して結局お湯を入れるタイプの湯たんぽに落ち着いたのだけど、人よりも体温の高かった彼が湯たんぽを入れると暑いと嫌がり向こうの家では使うことのないまま片付けたのだった。その代わり、僕の足はいつも彼の体温を奪っていたんだ。  ここでいくら探しても見つからないから仕方がなくポチってしまった。 〈1人じゃ鍋やる気にもなれないね〉  僕は1人でも鍋をやるし、何なら直輝や舞雪と一緒に鍋を楽しんでしまった。  既婚者の中に入るのは嫌だと言ったのに、直輝の奥さんにいつの間にか参加を承諾させられていたのだ。  何故だか彼女には頭が上がらないのだけど、舞雪と彼女が並んだ時に〈姉妹〉のようで頭が上がらない理由が何となくわかった気がした。  直輝の好みは実は変わってなかったようだ。  それならば何故、舞雪では駄目だったのだろう?  恋愛は難しい。  家族同士で集まる中にイレギュラーな僕が入るのは気が引ける、と思っていたのにいつの間にか仲間に入れられ、時には舞雪の旦那さんも参加する大所帯は思いの外心地良くて。〈みぃくん〉と僕の事を呼ぶ彼等の子どもが可愛くて、いつか子ども達が〈僕〉という存在をイレギュラーだと気付いてしまう前に距離を置こうと思うものの、一度知ってしまった心地よさを手放せずに年末を迎えた。  年末年始はそれぞれの実家に行くためクリスマスは皆んなで過ごそうと言われ、一度は断ったものの〈みぃくん来ないの?と子ども達が寂しがってます〉と直輝の奥さんからメッセージが入り〈行く〉と返事をしてしまった。  子どもに請われたのだから仕方がないと言い訳をしながらもプレゼントを選ぶのは楽しかった。  それぞれの教育方針もあるだろう、とそれぞれの年齢に合った絵本をそれぞれ選んだ。直輝にも舞雪にもこんな絵本だけどとその本のあらすじを伝え、許可も取っておいた。  当日はケータリングを利用すると言われたので子どもが気軽に食べることのできるお菓子を作って持って行った。  アレルギーも把握しているし、もちろん予め打診して許可ももらっている。  結局僕は尽くしていると安心するのだ。ただ、これだけ尽くしてもいずれ離れていくのだという気持ちは消す事ができない。  直輝も舞雪も、ちびっ子達だって今は僕を好きでいてくれるけど、いつかは離れていくのだ。  虚しかった。  必要とされていない自分を思い知らされる。  淋しかった。  いくらそばに誰かがいても〈僕〉だけが求められているわけではないのだ。  そんな中でも仕事は思いのほか順調で、相変わらず自分の話は完結できないものの指定されて書いた話は増えていき、短編集として一冊にしてみないかと言われた。  今まで書いた中でも人気のあった話ばかり集めればそれなりに読んでもらえるのではないかと言われたけれど、紙の本が売れない時代である。人気作家ならまだしも、僕のようなほぼ無名の物書きにはもったいない話だと何度も断ったのに〈スポンサーの意向もあるから〉と押し切られてしまった。  スポンサーとは僕がお世話になっている自動車メーカーだったり、お菓子メーカーの事だろう。以前書いた話のように少しでも話題になれば自社の名前も当然出るはずなので悪い話ではない。  あれよあれよという内に話が決定となると僕の手を介することなく短編集として改めて世に出される話が選ばれていく。僕の話なのに僕の手を離れ、予想外の形が造られていくのは不安だけれど面白い。  文章を書くようになって10年近くなると微妙に表現がおかしかったり、今現在では一般的ではない物や場所があったりするため多少の校正はあったものの概ね順調で来年の春頃には世に出るようだ。  それは喜ばしい事なのに、久しぶりに担当さんと顔を合わせて言われた言葉。 「最近、何かありましたか?」  よくよく話を聞いてみれば文章に少し棘があると言われた。担当さん曰く、何処がとは言い難いけれど言葉の端々に棘があると。  僕の気持ちが文章に溢れ出してしまっているのだろうか? 「今までと少し違うタッチで面白いと思いますよ。軽い恋愛の短編も良いですけど少し堅い長編も合うと思います。  そろそろ新作の長編、自分が読みたいです!」  食い気味に言われてしまった。  現状維持ができれば良いなんて思ってはいない。思ってはいないけれどまだ進めずにいるのだ。  クリスマスを楽しく過ごしたせいか、独りになると色々と考え込んでしまう。  今までの事、これからの事、仕事の事、そして彼の事。  年末も変わらず送られてくる定型のメッセージ。そして定形外のメッセージ。 〈冬至って1年で1番日が短いんだよね。  柚を買う代わりに柚子の入浴剤を買いました。南瓜は今年は食べなかったよ〉  2人で過ごした時間を思い出して書かれるメッセージ。  冬至の時には南瓜を煮て、柚子湯に入ったんだ。  小豆と南瓜を煮た〈いとこ煮〉を食べたい僕と、挽肉と一緒に煮た南瓜が食べたい彼とで意見が分かれたけれどメイン料理を肉にする事で〈いとこ煮〉を勝ち取ったんだった。お汁粉みたいな味はおかずにならないと最後まで文句を言ってたっけ。  初めて柚子湯に入った時に面白がって柚子を潰しまくった彼が「お湯がピリピリする」と焦ったのを思い出して笑ってしまった。僕は先に入っていたから被害を被る事はなかったんだった。 〈今年は淋しいクリスマスです〉  クリスマスの日にはそんなメッセージを受け取った。今日は25日。僕は昨日、大所帯でクリスマスを楽しんできたところだ。  ここ数年は彼と過ごしていたクリスマス。ケーキは彼が買ってくると言い張るから僕は料理担当で、数種類のオードブルとメインにローストビーフ、具沢山のシチューとサラダが定番だった。  レンジしか無かった彼の家は僕が同居すると決めた時にはオーブンレンジに買い替えられていた。  レンジ機能しか使わない彼のには無用の長物になってしまっているだろう。 〈今日は仕事納めでした。  来年はやっと仕事が落ち着きそうです〉  どういう事なのだろう?  そう言えば〈ただいま〉のメッセージは毎日ほぼほぼ同じ時間で忘年会に参加した様子が無かった。例年なら忘年会に参加して泥酔して帰ってきて僕に叱られるのが定番だったのに…。  同棲してなかった時でも酔って帰った時に雅にいて欲しいと言われ、その時だけは先に部屋に行って待っていたのだ。よくよく考えれば変な話だけど、僕を必要としてくれているようで嬉しかった。 〈年末年始の休みってこんなに退屈だったかな?〉  それは僕だって同じだ。  ここ数年は年末年始は彼の休みに合わせて自分も休みにしていたけれど、今年は何も予定が無いため通常営業だ。  いつもと同じルーティンでいつも通り過ごしている。違うことといえば細やかながらおせちを用意して煮しめを作ったことぐらいだろうか。  お節、1人用、で検索すると色々なお節が出てきて選ぶのが楽しかった、と言ったらまた舞雪に叱られるかもしれない。  今までは作ることのできるものは自分で作り、物によっては単品で買って体裁を整えておいたけれど流石に1人分を作るのはコスパが悪すぎるため今年はやめておいた。お節セットの中にはお雑煮まで組み込まれたものもあって驚かされたりもした。流石、多様性の時代だ。  本当は煮しめも1人で食べるには多過ぎるのだけど、煮しめだって出来たものを12月31日に届けてくれるサービスがあると検索で出てきたけれど、それでも作りたかったのだ。残ったら煮汁ごと冷凍して仕舞えばいいだけだと言い訳したけれど…なんで煮たのか自分では分かっていてその気持ちを無視した。  来年の今頃はどんなふうに過ごしているのだろう。 〈実家に行くのも面倒だし、弟の顔見たらまた説教したくなる〉  そう言えば彼とはそれなりに長い間付き合っていたけれど、年末年始は付き合い始めた頃から一緒に過ごしていたから〈実家〉という存在を忘れていた。自分が〈実家〉とは疎遠だったせいでなんの不思議にも思わなかったのだ。  大学生の頃に交際相手とトラブルになった事が何故かバレてしまい、兄に迷惑をかけてくれるなと言われてから実家からは足が遠のいている。こちらから連絡することは無いし、あちらからの連絡も無い。  大学を卒業する前に〈小説家〉としてデビューしたものの、その時点で実家とは疎遠になっていたから僕が今何をしているかも知らないだろう。20歳になった時に年金の手続き一式が転送されてきたのが親の意思なのだろう。  自分で稼ぐようになり今の部屋に引っ越してからは不動産屋からの引き落としがないはずだけど、そのことについて何も言われなかった。学費は学生課から催促された事がなかったという事は振り込んでくれていたのだろう、きっと。  この先も僕から連絡するようなことはないし、両親や兄からもきっと連絡はない。セルフ天涯孤独というやつだ。  それにしても〈弟〉だなんて聞いた事があっただろうか?  どんな弟なのだろう?  説教をする関係の兄弟、僕には全く想像できない。兄と最後に会話したのはいつだったのかも思い出せない。  仕事が休みになり実家に行かないせいで暇なのだろうか、定型のメッセージを送る事ができないせいだろうか、やたらと送られてくるメッセージ。 〈会社行かないと朝食がない〉  相変わらず出社しながら買っていたのだろう。休みに入ると分かってるなら何か買っておけばいいのに、と思うけれどコンビニもスーパーも近いじゃないか。  メッセージを送る暇があるなら何か買って来ればいいのに。 〈久しぶりにハウスキーパーに入ってもらったから部屋が綺麗になったよ〉  そう言えば僕と付き合う前は定期的にハウスキーパーを入れてたって言ってたっけ。仕事をしてたら、土日も仕事なら部屋の掃除をする時間もないだろう。  こんな年末だと割高だったろうに。  色々なものの位置、変えられてたら嫌だな。 〈晩飯、食べに行かないと何もない〉  だから僕に言われても…。 〈雅の飯が食べたい〉  何で弁当を作らなくなったか思い出せ。 〈コンビニ飯、不味い〉  僕=食べ物なのか⁈ 〈1人の休みって暇過ぎ。  職場行ったら誰かいるかな?〉  そんなこと知らない。 〈今年も終わるね〉  そうだね。  返すことはしないけれど、ついつい心の中で返事をしてしまう。 〈去年の今日、何してたか覚えてる?〉  そこの部屋で大掃除とお節の支度してたね。  大掃除といっても僕がちょくちょく掃除してたから思った以上に早く終わってしまい、手持ち無沙汰の彼がキッチンに来てはつまみ食いをするものだから僕に叱られてたじゃないか。 〈お飾りもお供え餅も用意しなかったけど俺、来年大丈夫かな?〉  僕はちゃんとやったから大丈夫。 〈雅、会いたい〉  僕だって会いたい。  我慢していた気持ちが抑えられなくなりそうでスマホの電源を切る。  どうせ誰からも連絡は入らないのだ。  彼からのメッセージを見て衝動的に連絡をするには時間が経ち過ぎてしまった。
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