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 今回こそは、毎回そう思うものの早くて数週間、長くても1年。  今回は付き合いは長かったものの、同棲してからは1年経つかどうかだった。  寒い時期なら服が嵩張ってスーツケース1つでは収まらなかったかもな、と思うと少し笑えた。  何が悪いのかはわかってる。  付き合いだすと重いのだそうだ。  好きだから、大切だから。  相手を想うからこその献身がいけないらしい。  同じ熱量を返して欲しいわけじゃない。  ただ自分がしたいだけと言うより、そうしなければいけない理由が僕にあるからだ。  相手に求めているわけでもない。  自分がしたい事をしているだけで、相手も同じようにして欲しいわけでもない。  それで重いと言われるのなら合わないのだろう。  いつかはこんな自分を受け入れてくれる相手を見つけられるのだろうか。そんな風に不安にならないでもないけれど、しばらくは1人でいい。  そんな事をつらつらと考えるうちに最寄駅につく。  駅から徒歩30分程の自宅兼仕事場に向かいながらついつい彼のことを考えてしまうものの、もう終わったことなのだと自分を戒める。  駅から近くもなく遠くもないこの距離は〈適度〉と言うに相応しく、駅に用のある人はここまで来ることはなく、住人以外でこの近辺に来る人が徒歩で来ようとするには少し考えてしまう距離。  毎日通っていたので特に感慨もなく、職場として使っている部屋を通り抜けて自宅スペースにスーツケースを置く。  無機質なドアで仕切られた奥に居住スペースがあるようには見えないところが気に入って決めた物件だ。  当然、仕事部屋と自宅スペースのインテリアは変えてある。  仕事部屋は無機質に、仕事に不必要なものは排除してあるけれど、自宅スペースは…生活感が其処彼処に漂っている。二重生活をしていたのにこの有様だから、ここで過ごす時間が増えればもっと生活感で溢れるのだろう。  キッチンもトイレも毎日使っていたし、寝室は仮眠に使うこともあるから常に手を入れてある。お風呂だけはしばらく使ってないけれど問題はないはずだ。  とりあえずこちらで生活するとなると食料が心配だけど、今までも昼食はここで食べていたからすぐに困ることはないだろう。常備菜を冷凍したものもいくつかあったはずだし米もあったはずだ。  どうしても必要なものはネットスーパーに頼めば即日配達だし。  あれ?  心配した事柄は即座にクリアしてしまい、困ることなんて何も無いことに気づき笑ってしまった。  あの部屋から僕が消えても彼が困ることはないだろうし、この部屋で僕が毎日過ごすことで困る様なこともない。  結局、人1人の身の振り方なんて周囲に与える影響が有るようで無いのだ。 「そろそろ仕事、しようかな…」  何も困ることがないことに気付いてしまったので、皺になりそうな服だけ片付けると仕事部屋に戻る。  パソコンを立ち上げると仕事開始だ。  小説家、物書き、自分の職業を問われたら1番相応しいのはそんな肩書きになるのだが、自分の口で言うのは烏滸がましく職種を聞かれるとつい事務員と言ってしまう。  自分で勤務時間を調整できるため一般事務と言っておいて、定時から定時の勤務を装ってしまえば怪しまれることもない。決められた時間にこの場所に来て、決められた時間に帰るふりをすればいいだけの事だ。  趣味で書いていた小説が運良く出版され、何の因果か賞を取ってしまったのは大学生の頃だった。  自分ではどうにもできない流れの中で映画化が決まり、自分の手を離れたところで異例のヒットとなった。  新人の初々しさ、と囃し立てられて主題歌の作詞もした。  映画の主演俳優は新人で、主題歌を歌ったのはいまいちヒットの無かったグループ。  それなのに映画はヒットし、主題歌は売れた。  自分の書いた話を卑下するわけではないが、何がそこまで熱狂させるのか理解できなかった。  新人だった俳優は一躍人気俳優となり、彼の新作映画が公開されるたびに初主演となった映画が再放送される。  再放送されると今や大ヒットアーティストとなったグループの出世作と言われる曲が流れ、曲がダウンロードされたりカラオケで歌われたりする。  おまけに小説までもそれなりに売れてしまい重版されてしまうのだ。  なんだか申し訳ないが、風が吹けば桶屋が儲かる方式というのか、僕の元にも常に一定の額が入ってくるため生活に困ることはない。  むしろ普通のサラリーマンに比べれば収入は多い方だろう。  デビューして数年は新作を、と言ってきていた出版社にも最近では催促されなくなった。  書いてないわけではないけれど思うような話が書けず、最近は企業の発行する一般には目にされない冊子に載せる短編や、原作のない映画やドラマの小説化が主な仕事だ。  つい最近、ドラマの小説化を仕上げたばかりなので今は大きな仕事もなく余裕がある。  パソコンで急ぎの仕事がない事を確認し、仕事部屋の本棚から1冊のノートを取り出してみる。  書きたい話はたくさんあるのに気付くと途中で止まってしまうものばかりで頭の中にある時はこれはいけると思うのに、いざ書き出すとこれじゃないと筆が止まってしまう。  話毎にノートを替えるので中途半端に使われたノートばかりが増えていく。  さて、今日はどの話にしようか…。
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