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14'
ブロックされていると分かっていても送ってしまうメッセージ。
〈おはよう〉
〈行ってきます〉
〈ただいま〉
〈おやすみ〉
定期的に送るメッセージ。
職場に行けば仕事の話以外にも会話ができる相手がいないわけでもないけれど、何気ない言葉を送る相手が雅しかいない事に今更気付かされた。
判で押したように同じ時間に送るメッセージ。
土日もほぼ同じような内容で、変わり映えがなさ過ぎて自分に呆れてしまう。
弟に甘え過ぎていたことを反省し、弟に自分を格好良く見せようとし過ぎだと怒られた先に思いついた行動が毎日送るメッセージだった。
雅に〈出来る自分〉を見せたかったがためにした行動が雅を傷付けてただなんて、そしてそれに気づかずに〈いてくれるだけで良い〉なんで自分に酔っていた事に対する戒めでもある。
でも本当にいてくれるだけで良かったんだ。帰宅して雅の存在があるだけで、雅の体温を感じるだけで満足だったんだ。
時折入れてしまう定形外だけど定型のメッセージ。
〈雅、会いたい〉
一度気持ちをメッセージにしてしまうと次々と言葉が溢れ出す。
〈今、何処にいるの?〉
〈元気にしてると良いな〉
〈俺の事、たまには思い出してくれてる?〉
〈そう言えば後輩の××が結婚するって〉
〈雅、会いたい〉
何度かに1回は〈会いたい〉のメッセージを入れてしまう。
会いたくて会いたくて、メッセージとして自然と溢れ出してしまうのだ。
既読の付かないメッセージが延々と続く。
最後に雅とコンタクトを取ってから、ブロックされていると分かっていても送ってしまうメッセージは遡る事が困難なほど続いている。
イカれてる。
我ながら狂気じみてると思うけれど、それでも止める事ができない。
雅はこの部屋で1人、何を考えて過ごしていたのだろう?
俺が食事もいらないし、先に寝てて欲しいと言ってからは帰った時にはベッドに入っていた雅。雅が寝てから帰るようにしていたけれど、本当は起きていたのかもしれない。
馬鹿な弟からの馬鹿なメッセージに心を痛めて、それでも何も言わない俺に何も言う事ができず追い詰められて行ったのだろう。
付き合いはそれなりに長かったのに、それなのに何時迄も〈格好良い〉自分を見ていて欲しくて見栄を張ってしまった幼い自分を呪いたくなる。
何で素直になれなかったのだろう。
何で言葉に出して伝えなかったのだろう。
雅に格好良い所しか見せたくなくて見栄を張っていたくせに、その行動に疑問を持つ様子のないことを不満に思い、関心を持ってもらいたいと拗らせてしまった気持ち。
素直に身体が心配だから帰りを待たずに寝てて欲しいと伝えれば良かったのに。
弁当箱を洗うために寝ずに待ってるなら弁当は用意しなくていいからちゃんと身体を休めて欲しい、そう素直に伝えればよかったのに。
自分の弁当にだけおかずを増やす必要なんてない、同じ弁当を持って行きたいと何で言えなかったのだろう。
雅が細過ぎて心配だから、肉や魚を食べて自分のためにももう少し肉をつけて欲しいと素直にお願いすればよかった。
自分のためを深く追求されたら叱られるかもしれないけれど、それはそれで楽しいじゃないか。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
本格的な冬になると強い風で飛ばされてしまいそうな雅を思い出してついつい口煩くなってしまっている自覚は有る。
〈今日は寒かったね。
風邪、ひいてない?〉
寒いのが苦手な雅はちゃんと暖かくしてるだろうか。
〈冬がこんなに寒いなんて久しぶりに思ったよ〉
去年の冬は同棲して初めての冬で、俺が帰宅する時には暖かい部屋と温かい料理が出迎えてくれたっけ。
〈雅の湯たんぽ、うちに有るけど困ってない?〉
愛用の湯たんぽを持ってきたけれど、一緒にベッドに入る俺には暑過ぎて湯たんぽの代わりに冷たい足を温める事を約束して使うのをやめてもらったんだった。
心の狭い俺は、自分よりも湯たんぽに寄り添う雅が気に入らなかったんだ。それに、2人で仲良くする時に邪魔だったんだ。最中に音を立てて落ちた時には何とも居た堪れない気持ちになったのを思い出す。
そうやって俺に取り上げられた湯たんぽは冬物と一緒に置いてあったから忘れてしまったのだろう。出て行ったのが初夏だったせいか、その存在を忘れていたのかもしれない。
俺の存在もそうやって雅の中から忘れられて行ってしまうのだろうか。
〈1人じゃ鍋やる気にもなれないね〉
鍋の素を使って鍋を楽しむことももちろんあったけど、雅が俺の好みの味付けで作ってくれる鍋は寒い季節に1番のご馳走だった。
その時のスープによって変わる〆。
雑炊やうどん、キムチ鍋ならラーメンで、洋風の鍋の時にパスタを入れた時には驚かされた。
そう言えば雅はどこで料理を覚えたのだろう?
恋愛は難しい。
こんなにも想っていても、俺のそばには雅がいないのだから。
年末になっても仕事は相変わらず忙しく、土日も仕事の日々だった。
年内で何とかしようと奮起している中で忙しい方が気が紛れるのにと思っているのは俺ぐらいのものだろう。
雅のいる生活を知ってしまった俺には1人、部屋で過ごす休日が想像できないのだ。
普段は俺よりも先に起きて朝食の用意をしてくれる雅だったけれど、体力がないせいか休日の朝は起きれない事が多く寝入っている姿を堪能できるのはこの時くらいしかなかった。その姿が見たくて多少無理をさせた自覚はあるけれど、そうでもしないと俺よりも先にベッドから出て行ってしまうのだ。
そんな幸せな週末、最後はいつだったのか思い出せないほど前の出来事になってしまった。
弟からは時折連絡が入るけれど、雅と連絡が取れたかとか、何か進展はあったかとかお節介なものばかりで誰のせいでと言いたくなるけれどグッと我慢している。結局は弟ではなくて自分のせいだし、弟を責めたところで雅が帰ってくるわけではない。
虚しかった。
掴んだはずのものを手放してしまった後悔。
雅にとって俺はどんな存在だったのだろう。話し合いもせずに別れることのできるような関係性しか築けてなかったのだろうか。
淋しかった。
少しでもと雅の痕跡を探しても残っているのは湯たんぽだけで、こんなになるまでなぜ気付かなかったのかと自分を責める日々。
寒い冬が淋しくて年末も変わらず送ってしまう定型のメッセージ。そして定形外のメッセージ。
〈冬至って1年で1番日が短いんだよね。
柚を買う代わりに柚子の入浴剤を買いました。南瓜は今年は食べなかったよ〉
行事ごとだから、と無病息災を願って食卓に出される南瓜の煮物。
ただでさえ甘くて好きじゃないのに小豆と煮たほうが美味しいと言って、挽肉と煮てほしかった俺と意見が分かれるとメインを肉にするからどうしてもと言われて折れたのを思い出す。
季節の行事を気にしない家で育った俺には初めてのことが多く、湯船に浮かんだ柚子を何となく潰していたらお湯がピリピリしてビビったのだった。
潰した方が香りが良かったから調子に乗ってしまったのだ。
〈今年は淋しいクリスマスです〉
ここ数年は2人で過ごしていた行事。
下拵えをした食材を持ち込んで作り上げる料理はどれも美味しくて、完全に胃袋を掴まれてしまっているなと苦笑したものだ。
ケーキまで自分で作ると言い出した雅に俺が用意するからと諌めたのを思い出す。
出来るとやれるは違うのに、出来ることはなんでもやってしまおうとする雅が危なっかしくて、そんなに頑張らなくていいと言いたかったのにちゃんと伝えないまま先回りしてしまう事が良かったのか悪かったのか…。
そう言えば同棲する時に料理好きな雅のためにとレンジをオーブンレンジに買い替えたのに、そのレンジ機能すら久しく使っていない。
〈今日は仕事納めでした。
来年はやっと仕事が落ち着きそうです〉
自分をよく見せたくて何も言わなかった俺と、そんな俺をもどかしく思った馬鹿な弟のせいで雅は変な誤解をしたままだけど、仕事が忙しかったのは本当の事だ。
仕事を頑張る俺、格好良い!と思っていたわけではない。仕事もして家のことも完璧な雅に対して、都合良く弟の部屋を利用して休んでることを知られるのは格好悪いと思ってしまったのだ。
結果、休日出勤だと嘘をついて他の男と関係を持っていた浮気者扱いなのだけど…、全ては自分の行いが招いたことだ。
仕事納めの少し前に仕事に目処がついたため各部署で忘年会が開かれ俺も誘われたけれど、酔っ払って冷えた部屋に帰るのが嫌で断ってしまった。
今回はみんな疲れ切っているせいか断る人も多く、断ったからといって何か言われることもなかったけれどどれだけ雅に依存してたのかと我ながら情けなくなる。
〈年末年始の休みってこんなに退屈だったかな?〉
そう、退屈なのだ。
趣味も特になく、仕事がなければ暇を持て余してしまう。
買ったまま読むことのない本も、気になって録画したままのテレビ番組も、時間を潰すためのツールは何でも有るのにそれでも暇なのだ。
本を読んでも感想を言える相手がいない。録画したテレビ番組は1人で見ても面白くも何ともない。
かと言ってずっとベッドの中にいるわけにも行かず、昼頃にもそもそと起き出しては雅にメッセージを送る。
〈実家に行くのも面倒だし、弟の顔見たらまた説教したくなる〉
実家に帰れば何で1人で帰ってきたかと父母に言われ、事情を知っている弟からは可哀想な目で見られ、そうしたらまた弟に説教をしてしまう事になる。自分の不甲斐なさに目を瞑り弟を責めるなんて情けないことはしたくない。
両親には雅と付き合い始めて実家から足が遠のいた時にきちんと伝えてある。
自分がゲイであること。そして、パートナーとして共に歩んでいきたい人ができたこと。その人との時間を大切にしたいから帰る頻度を減らすこと。
幸いにもうちの両親は理解を示してくれた。弟は薄々気付いてはいたようで好奇心ではなく理解したいからと色々質問されたのには驚かされたけれど、その気持ちが嬉しかった。
「長男なのにゴメン」とか「孫を見せられなくてゴメン」と後ろ向きな俺に「女の子と結婚したからって絶対に孫に会えるわけじゃないでしょ?」「長男って、別に継ぐものも何もないし」「長男も次男も一緒だろ?」と前向きな言葉をくれた家族なら雅の事だって受け入れてくれたはずなのに。
「グズグズしてるからこんな事になったんじゃないの?」
謝りながらも呆れた弟に何も言い返せなかった。
そう言えば自分の話もしてなかったけれど、雅からも家族の話を聞いた事がなかった。それなりに一緒の時間を過ごしていたはずなのに、それなのに俺たちは一体何を話していたのだろう。
グダグダと考えながらも時間は過ぎていく。
朝起きて時計を見て〈おはよう〉という時間でもない事に気付く。そして思いついたままの言葉をメッセージにして送る。
〈会社行かないと朝食がない〉
通勤の途中で朝食を買っていたせいで休みとなると朝食にできるものがない。年末年始の買い出しも兼ねて後で買い物に行く必要がありそうだ。
〈久しぶりにハウスキーパーに入ってもらったから部屋が綺麗になったよ〉
部屋で過ごす時間は短くても人1人が生活していれば次第に部屋は汚れていく。部屋全体は何となく埃っぽい気がするし、水回りは綺麗に使っていても蛇口や鏡の曇りが気になる。
年末のこの時期、かなり割高だったけれど何とか予約が取れたため綺麗な部屋で新年を迎える事ができそうだ。
〈晩飯、食べに行かないと何もない〉
ハウスキーパーとはいえ自分のいない部屋に他人が入るのが嫌で買い物に行きそびれてしまった。雅と付き合っていた頃は、こんな時には常備菜が用意されていたから食事に困ることはなかった。
改めて考えると掃除も完璧で、料理も完璧で、家事全般完璧だったのに仕事もしていて、それに比べて自分は何もできないのだから見限られても仕方がなかったのかもしれない。
〈雅の飯が食べたい〉
食べたいと言えばほぼ何でも作ることのできた雅。色々と作ってくれたけれど、何を作ってくれても美味しかったけれど、中でも雅の作ってくれる雑炊が好きだった。
〈コンビニ飯、不味い〉
雅の作る食事は薄味でも出汁が効いてて美味かった。それに慣れてしまったせいか、コンビニ飯は味が濃すぎると感じてしまう。仕事に追われ、仕事に疲れ、何でもいいからと口にすれば気にならないけれど、こうやってゆっくり食べるとどうしても味の違いに気付いてしまう。
〈1人の休みって暇過ぎ。
職場行ったら誰かいるかな?〉
人恋しい。
〈今年も終わるね〉
今、雅は何をしているのだろう。
どこで、誰と過ごしているのだろう。
今まで雅の隣は俺の居場所だったのに…。
〈去年の今日、何してたか覚えてる?〉
大掃除をしようと張り切ったものの、雅の日頃の掃除のおかげで特にやる事がなくせいぜい溜めまくった雑誌や本の整理をするくらいしかやることはなかった。それだって大まかに振り分けてくれてあったからあっという間に終わってしまったのだ。
仕方なくキッチンで雅を手伝おうとするものの、ついついつまみ食いをしてしまいキッチンから追い出されたのを思い出して笑ってしまった。
〈お飾りもお供え餅も用意しなかったけど俺、来年大丈夫かな?〉
何のために供えるのかわからないけれど、それをやれば雅に会えるのならば今からでも買いに行こうかと思うけれど…確か大晦日は駄目だと言っていたような気がする。
〈雅、会いたい〉
何度この言葉を送ったのだろう。
送れば送るほど募る想い。
このままだとメッセージを送り続けてしまうと思い買い物に出掛けてみる。
コンビニでは味気ないかと思い近くのスーパーまで足を伸ばしてみたけれど、食事に関しては全て雅に任せていたから年末年始に何を買えばいいかなんて全く分からなくて仕方なく小さいお節セットを買ってみた。ほとんどのケースが空になっている中で売れ残ったお節は雅に見限られた自分のようだと思ってしまったのだ。
正月なら餅も必要だろうと見てみたけれど、積み上げられた餅は一袋の量が多くて諦めた。蕎麦は…茹でることを考えると面倒でカップラにしてしまった。
結局はすぐ食べることのできるものを選んでしまい、コンビニでも一緒だったではないかと情けなくなってしまう。
ちゃんとした食べ物を諦めて休みの間困らないように、とアルコール類を物色する。ビールをカゴに入れたまにはと思いウイスキーも選ぶ。そうなるとつまみが欲しくなってナッツやチーズもカゴに入れる。焼酎もと思ったけれど、カゴの重さを考えて諦めた。
部屋に戻って買ったものを並べてみるとお節セット以外は正月感が全くなくて我ながら呆れてしまった。
これならコンビニでも良かったよな、と自嘲してしまう。
正月料理か…。
雅の煮しめが食べたいな。
野菜の煮物なんて好んで食べる事なんてなかったのに雅の煮しめは好きだと思うのは俺好みの味付けだったからなのか、雅に胃袋を掴まれたせいなのか。
そう言えばつまみ食いして怒られたのは煮しめの鶏肉ばかり摘んだせいだった。
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