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大晦日だというのに特にやることも無く、観たい番組もなく、惰性で大晦日恒例の歌合戦を付けたままにしたテレビ。流行りの曲が多いのか、知らない曲ばかりだけどテレビを消してしまうと部屋が無音になってしまう。
テーブルにビールとカップラ、あとは買ってきたつまみを適当に置いて呑み始める。こんな食卓を雅が見たらなんて言われるだろうか。
少し口煩いと思うこともあったけれど俺の身体を心配しているのだと思うと嬉しかった。それなのに俺の身体は心配するのに自分のことには無頓着で、今も体調を崩していないか心配だ。
実家からは何も連絡は無い。きっとパートナーと過ごすと思っているのだろう。帰省した弟が余計なことを言わなければいいけれど、と考えてしまう俺は小心者なのだろうか。
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少し落ち着いてからスマホの電源を入れ直す。受け取らなかったメッセージが大量に届くかと危惧したけれどそんな事はなく、静かなスマホに拍子抜けした。
連絡をして欲しいのか、して欲しく無いのか、そう聞かれてしまえば〈して欲しい〉というのが本音でしかない。
僕のことを考えて、僕のことを思い出して、僕の存在で雁字搦めになってしまえばいいんだ。
そして、僕の心をもっと縛り付けてこのまま前に進めなくしてくれれば言い訳にできるのに。
クリスマスとは打って変わって淋しい大晦日、観たいテレビもなくて年末恒例の歌合戦を付けてみる。
文章を書く仕事をしている身としては流行りの音楽は一応チェックしているものの、名前と楽曲が結びつかないものの方が多い。
中には名前と楽曲が結びつくものもあるけれど、それに関しては何で今更というものも多い。
そう言えば僕の書いた話に曲を作ってくれた彼等は今年もカウントダウンライブをやると誘ってくれたけれど、なかなかチケットの取れない彼等の、しかもカウントダウンライブに関係者顔で行けるほど厚顔無恥ではない。
彼等はちゃんと実績を積み上げて新しいステージに挑戦し続けている。ずっと停滞したままの僕とは違うのだ。
それを言ってしまえば僕の書いた主人公を演じてくれた彼もはじめのうちは舞台のチケットをと言ってくれていたけれど、固辞し続けたせいでそのうちお誘いは無くなった。
彼もまた挑戦し続け登り始めたステージから降りる事なく、日々高みを目指している。
僕には彼等が眩し過ぎて、彼等のルーツを遡って僕の名前が出てくることに対して〈申し訳ない〉という思いしかない。
来年の春頃店頭に並ぶ本には彼等の名前を利用することだけはやめてくれとお願いしてある。
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お節はやっぱり正月に食べるものなのだろうか?味気ないつまみに飽きてきてそんなことを考える。
雅と過ごす大晦日は年越しそばだけでなく、軽くつまむことのできるオードブルとおせちを詰めた残りが残り物に見えない盛り付けで出されていた。少し味の濃いお節はつまみにぴったりで、2人でソファーで寛ぎながら自分の好きなアルコールを楽しんだものだ。
始めはビールじゃないと、という俺と違い雅は始めから終わりまで一貫して〈甘いお酒〉を飲み続けていた。しかもアルコール度数のかなり低いものばかり。少しもらって飲んでみたけれどジュースみたいじゃないかと思うような味で、それなのに1缶飲み切る前に赤くなる雅が可愛かったんだ。
酔っているのだろうか、考えがあちこちに飛ぶけれど悪い気分じゃない。
〈紅白、知らない曲ばかり〉
またしても送ってしまったメッセージ。雅はどこで、誰と過ごしているのだろう?
届くことのないだろうメッセージなのに止める事ができない。
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お節は正月用だからと今夜は常備菜を少しずつ出して少し小洒落て盛り付けてみた。オードブルをわざわざ作る気にはなれないけれど、体裁を整えるだけで気分が違うから不思議だ。
いつもならばお重に入り切らなかったお節を消化したりもするのだけど、今年はたくさん作り過ぎた煮しめくらいしか出せるものがない。
蒲鉾とか、伊達巻きとか、なぜか端っこが美味しく見えると喜んでいた彼はよく考えたら随分子どもじみていたけれど、それでも愛おしかったし楽しかった。
そう言えばいつもこの日は2人でお酒を飲みながらゆっくり過ごしていたんだったっけ。
年越しそばを食べるにはまだ早い時間からつまみを食べつつゆっくり過ごす時間は心地良くて。
そう言えば舞雪が前に持ってきてくれたノンアルコールのワインが美味しくて年末年始の自分のためにと買っていておいたんだと思い出して冷蔵庫から取り出す。気分だけでも、とワイングラスに注いでやる事がないままテレビの相手をする。
彼と過ごす大晦日はソファーで2人並んで座り、触れ合う手を繋いだり、酔ったと言ってもたれ掛かったりもたれ掛かられたり。
テレビを観ながら話し、目が合えば唇も合わせ。
楽しかったな…、そう思いながらグラスの中のワインを舐めるように飲む。ノンアルコールでもちゃんとワインの味がするのだから面白い。普段は甘いお酒しか飲まないけれど、ワインの味は嫌いじゃないんだ。
その時、メッセージが届いたことを知らせる音がした。
〈紅白、知らない曲ばかり〉
彼も紅白を見ているようだ。
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送っても既読がつかないことは承知の上だけど、もしかしたらという想いが消せないまま送り続けるメッセージ。
テレビを観ながら、ウイスキーを舐めながらついつい送ってしまう。
〈なんでこんな昔の歌、歌ってるの?〉
〈ダメだ、全く知らない曲ばかり〉
メッセージを送りつつチャンネルを変えてみるものの、やっぱり観たいような番組がなくて元に戻ってしまう。
テレビの向こうは賑やかなのに、こちら側はテレビの音しかしない。
〈なんで隣に雅がいないんだろう?〉
素朴な疑問だった。
こんなにも好きなのに、こんなにも求めてるのに、それなのになんで俺の隣に雅がいないのか理解が出来なかった。
相当酔っていたのだろう、雅の番号を呼び出し通話ボタンを押す。呼び出し音が続くだけで雅が出ることはない。
諦めて終了する。
ウイスキーを舐めながらつまみを齧り、雅に送ったメッセージを見返すと何をしてるのかと自分を戒めたくなるけれど、それでも諦めたくなかった。
年が明ければ雅がいなくなってから半年が過ぎることになる。
「そろそろ潮時なのかもな」
無意識に呟いた言葉にゾッとする。
このまま雅に会えない未来なんてあり得ない。何も言い訳もできず、ちゃんと話をしないまま雅を諦めることなんてできない。
そしてふと気づいた違和感。
さっきの電話、呼び出し音が聞こえていなかったか?
○○○
スマホを気にしながらテレビから流れる曲を耳に入れる。
そう、聴いているわけではなくて耳に入れているのだ。誰が歌うなんという曲かは目からの情報で、聞きたいのはテレビからの音ではなくメッセージが届いたことを知らせる音。
〈なんでこんな昔の歌、歌ってるの?〉
〈ダメだ、全く知らない曲ばかり〉
僕には届いていないと思っているのだろう。独り言のようなメッセージばかりが送られてくる。
少し疑ってはいたけれど、本当に1人で過ごしているようだ。
そして送られてきたメッセージ。
〈なんで隣に雅がいないんだろう?〉
そんなの僕だって同じ気持ちだ。
どうして僕は、あなたの隣から逃げてしまったのだろう。
こんなにもまだ好きなのに。
こんなにも会いたいのに。
あの時、本当は何が起こっていたのだろう?
別れを告げられるのが怖くて、別れを受け入れた先にある未来が怖くて逃げ出してしまったのは果たして正解だったのだろうか。
違う、誤解だ、そう言い続けた彼に向き合う事なく逃げてしまったけれど、あの時にちゃんと話をしていれば違う未来があったのかもしれない。
グラスに残った液体を一息に飲み干す。グラスに入れてそれらしくしたせいで頭が誤認したのか酩酊感が僕を支配する。気持ち良く酔うのは楽しいけれど、こんな風に気持ちが落ち込むのは駄目だ。
その時、メッセージを告げるものとは違う音に気付く。日付が変わるまでにはまだ時間があるから〈おめでとう〉の挨拶でもないだろう。
誰からだろうと通知を見てスマホを持つ手が固まってしまう。
彼からだった。
着信拒否も解除したため鳴り響くコール音。通話ボタンをタップすれば繋がることができると分かっていても指を動かすことができない。
「どうしよう…」
誰にも聞かれる事のない呟き。
どうしたらいいのか舞雪に聞きたいけれど、年末年始は忙しいと言っていた彼女の手を煩わせてはいけないだろう。
直輝は…こんな時には全く頼りにならない。直輝の奥さんなら最適なアドバイスをくれるだろうけれど、それをお願いする事ができるほど親しくはない。
そして迷っているうちに途絶えたコール音。
僕はどうしたいのだろう?
僕はどうしたらいいのだろう??
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