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●●●  雅の様子が変わった事に気付き、慎重に言葉を選ぶ。ここで間違えたらもう2度と連絡が取れなくだろうという予感と恐怖。 「不満って言っても雅のせいじゃないんだ。  俺が勝手に雅に必要とされてないんだって思ってつい愚痴を言ったせいで…」 「そんなの、僕だって同じだよ」  弱々しい声に耳を傾ける。 「弁当も要らない、ご飯も家では食べない。土日も仕事で挨拶すらしてくれない。  出て行って欲しかったんでしょ?」  雅の言葉が耳に痛い。 「誤解だから」  そう言っても聞こえていないのか、雅の言葉が続く。 「僕が邪魔だったら言ってくれれば良かったのに。  疲れてるのに家でくつろげないなんて、そんな生活嫌だって言ってくれればよかったのに」  ポツリポツリと紡がれる言葉。  静かに耳に届く言葉だけど、それは紛れもない雅の悲痛な叫びだ。 「雅、ちゃんと聞いて。  ちゃんと話すから。  甘えてたんだ、言わなくても理解して欲しいって」  声が大きくなってしまう。  雅の声をかき消すように、雅の心まで届くように。 「雅、今どこにいるの?  すぐ行くから、ちゃんと伝えるから。  お願いだから俺を見捨てないで」 ○○○ 「不満って言っても雅のせいじゃないんだ。  俺が勝手に雅に必要とされてないんだって思ってつい愚痴を言ったせいで…」  彼の言い訳が聞こえる。  僕に必要とされてないと思ったって、それは僕の言葉だ。 「そんなの、僕だって同じだよ」  弱々しい声しか出なかった。  この答えが正解なのか、怒るべきなのか、僕には分からない。 「弁当も要らない、ご飯も家では食べない。土日も仕事で挨拶すらしてくれない。  出て行って欲しかったんでしょ?」  ポロポロと本音が溢れ出す。 「誤解だから」  何か言っていたけれど言葉を続ける。 「僕が邪魔だったら言ってくれれば良かったのに。  疲れてるのに家でくつろげないなんて、そんな生活嫌だって言ってくれればよかったのに」  そうなんだ。  あの部屋でイレギュラーなのは僕なんだから、だからさっさと出て欲しいと一言言ってくれればよかっただけなのに。 「雅、ちゃんと聞いて。  ちゃんと話すから。  甘えてたんだ、言わなくても理解して欲しいって」  何を聞けばいいの?  何を理解すればいいの?  僕の気持ちを、流れ出た気持ちを蔑ろにしたのは彼なのに。  僕の零れ落ちた気持ちを掬ってくれなかったのは彼なのに。 「雅、今どこにいるの?  すぐ行くから、ちゃんと伝えるから。  お願いだから俺を見捨てないで」 「見捨てたのはそっちじゃないか‼︎」 ●●● 「見捨てたのはそっちじゃないか‼︎」  突然聞こえた大きな声に面を食らう。 「僕は話がしたいって言ったのに。  帰ってからって、帰ってこないのにそんなの約束じゃない。  僕が寝てから帰ってきて、起きても挨拶も無しで仕事に行って。  ねえ、最後にちゃんと話したのがいつだか覚えてる?  最後に手を繋いだのは?  キスしたのは?」  突然の激昂に驚いたけれど、これは雅の本心。  だったらちゃんと答えなければいけないのだろう。 「キスなら毎晩してたよ」  俺の言葉にヒュッと息を呑んだのがわかった。今だと思い、言葉を続ける。 「帰ってきて、雅の顔を見て安心して、ベッドに入る時にキスするだけで良かったんだ。  雅がいてくれる、それだけで頑張れたんだ。  疲れてて、朝起きても怠くて、それでも雅がいたから頑張れたんだ」  おかしなことを言ってる自覚はある。 「取り敢えず早く仕事に行けば早く終われるかと思って早めに出社するのに仕事終わらないし、土日に頑張れば終わるんじゃないかと思っても効率上がらないし。  仕方ないから弟の部屋で仮眠とってたら馬鹿なことされるし」  酔っているのだろうか、後から後から言葉が出でしまう。 「雅のご飯食べたいのに喧嘩したせいで言い出せなくなるし、雅に餌付けされたせいで何食べても美味しくないし。  でもさ、いてくれるだけで良かったんだって。  帰ったら雅がいると思うだけで頑張れたんだって。  何で出てくんだよ…」  情けないけど追い縋ることしかできなかった。  見限られても仕方ないと思うけれど、それでも伝えないといけないと思ったんだ。 「あの子がいるでしょ?」  確認するような言葉。  この後に及んでまだそれを言うのかと少しだけ怒りが湧く。 「雅しかいないって言ってるだろう?  弟は可愛いけど弟は恋愛の対象じゃないし、俺が好きなのは雅だよ」  言い聞かせるような口調になってしまう。 「でもキスしてた」 「してないって。  そう見えるように撮られただけだから」 「ゴムとかローションとか」 「それも嘘だから」  雅の言葉にひとつひとつ答えていく。 「ベッドに裸で寝てた」 「シャツが皺になるのが嫌だったんだ」 「今帰ったとか、明日は会議だとか」 「あいつなりに話のきっかけになればって思ってたらしい」  馬鹿な弟と、馬鹿な俺のせいで本当に雅を苦しめてしまった。  今更反省しても遅いけれど、とにかく誠実に答えるしかない。 「聞きたいことがあれば何でも答えるから。だから声を聞かせて」 ○○○ 「見捨てたのはそっちじゃないか‼︎」  あまりにも勝手な言い分に大きな声を出してしまった自覚はある。 「僕は話がしたいって言ったのに。  帰ってからって、帰ってこないのにそんなの約束じゃない。  僕が寝てから帰ってきて、起きても挨拶も無しで仕事に行って。  ねえ、最後にちゃんと話したのがいつだか覚えてる?  最後に手を繋いだのは?  キスしたのは?」  怒りのままに言ってしまった言葉。  流れ出す想い。  あの時に飲み込んだ言葉が溢れ出す。 「キスなら毎晩してたよ」  それなのに、彼の言葉が衝撃的過ぎて思わず息を呑む。 「帰ってきて、雅の顔を見て安心して、ベッドに入る時にキスするだけで良かったんだ。  雅がいてくれる、それだけで頑張れたんだ。  疲れてて、朝起きても怠くて、それでも動く雅がいたから頑張れたんだ」  そんなこと知らない。 「取り敢えず早く仕事に行けば早く終われるかと思って早めに出社するのに仕事終わらないし、土日に頑張れば終わるんじゃないかと思っても効率上がらないし。  仕方ないから弟の部屋で仮眠とってたら馬鹿なことされるし」  寡黙なはずの彼から溢れ出す言葉。  これは本音? 「雅のご飯食べたいのに喧嘩したせいで言い出せなくなるし、雅に餌付けされたせいで何食べても美味しくないし。  でもさ、いてくれるだけで良かったんだって。  帰ったら雅がいると思うだけで頑張れたんだって。  何で出てくんだよ…」  こんな彼、知らない。  これが彼の本心だと思ってもいいのだろうか? 「あの子がいるでしょ?」  それでも信じられなくて、それでも素直になれなくて言ってしまう。 「雅しかいないって言ってるだろう?  弟は可愛いけど弟は恋愛の対象じゃないし、俺が好きなのは雅だよ」  ゆっくりと言い聞かせるように言われてしまう。 「でもキスしてた」 「してないって。  そう見えるように撮られただけだから」 「ゴムとかローションとか」 「それも嘘だから」  信じたいけど信じていいのだろうか? 「ベッドに裸で寝てた」 「シャツが皺になるのが嫌だったんだ」 「今帰ったとか、明日は会議だとか」 「あいつなりに話のきっかけになればって思ってたらしい」  嘘を言っているとは思えないくらいすぐに返ってくる返事。  信じたいけど信じていいのかと考え込んでしまう。 「聞きたいことがあれば何でも答えるから。だから声を聞かせて」  何を聞けば信じられるのだろう。 ●●● 「雅、お願い。  会いたいんだ」  メッセージを含めて何回この言葉を伝えたのだろう。 「今、どこにいるの?  誰かと一緒?  1人なら迎えにいくから、お願い、俺と一緒にいて」  願えば叶うなんて、世の中そんなに甘くないことは分かってる。それでも願い、乞うしかない。 「好きなんだ。  雅のことしか好きじゃないんだ。  お願い、俺から雅を奪わないで」  こんなこと、酔ってないと言えない。  言えないけれど、今言わなければ雅が本当にいなくなってしまうような気がしたんだ。 ○○○ 「雅、お願い。  会いたいんだ」  メッセージを含めて何回この言葉を伝えられたのだろう。 「今、どこにいるの?  誰かと一緒?  1人なら迎えにいくから、お願い、俺と一緒にいて」  信じたい。  信じたいけれど本当に信じて良いのだろうか? 「好きなんだ。  雅のことしか好きじゃないんだ。  お願い、俺から雅を奪わないで」  お願い、僕のことを奪って行って。 ●●● 「会いたい」  微かに聞こえてきた声。 「僕だって、会いたい」  聞いた瞬間上着を着て財布とスマホ、部屋の鍵を持った。 「今すぐいくから、どこにいるのか教えて」  取り敢えず外に出よう。  あとは雅の声に従えば良い。 「まずはどこに行けばいい?  電車とタクシー、どっち?」  テーブルの上には食べかけのつまみも飲みかけのウイスキーも置きっぱなしだ。 「今、外に出た。  最寄りの駅、教えて」  どちらがいいか返事はないけれど、大晦日のこんな時間にタクシーを呼ぶよりも最寄りの駅まで行ったほうが早いだろう。  小さな声で告げられたのは俺の会社とは反対方向に6つほど進んだ先の駅。 「本当に来てくれる?」 「行くよ」  安心させるように、穏やかに聞こえるように言ってみる。  側から見たら必死な顔になっている自信はある。 「もうすぐ駅。  まだ電車が動いてて良かった」  途切れるのが怖くて電話を切ることができないけれど、電車に乗ってしまったらそんなことを言ってはいられない。  鉄道系ICカードで構内まで行き目当てのホームに辿り着くと少し待てば電車が来るようで、少なくない人がいるため仕方なしに通話を終了させる。 「ホームに着いたから一度切るよ。  そっちに着いたら必ずもう1度かけるから」  そう告げると「うん」と小さな声が聞こえた事に安堵して通話終了ボタンを押す。  電車に乗っても連絡が取れなくなることが怖くて送ってしまうメッセージ。 〈今、電車に乗りました〉 〈今、××通過したよ〉 〈もうすぐ着きます〉  既読がつくたびにホッとする。 〈早く会いたい〉  そう送ったメッセージに返ってきた言葉。 〈僕も〉 ○○○ 「会いたい」  たまらず漏らしてしまった言葉。 「僕だって、会いたい」  止めることができなかった。  電話の向こうで彼が息を呑んだのが分かった。電話越しでも慌ただしく動く様子が伝わってくる。 「今すぐいくから、どこにいるのか教えて」  僕のところに来てくれるのだろうか? 「まずはどこに行けばいい?  電車とタクシー、どっち?」  都合のいい夢を見ているのではないのだろうか? 「今、外に出た。  最寄りの駅、教えて」  切羽詰まった彼の声に最寄り駅を伝えてしまった。本当に外に出たのだろう、今まで聞こえなかった〈外〉の音が聞こえる。  通いなれた駅からの道を思い浮かべる。今はあの辺を歩いているのだろうか? 「本当に来てくれる?」 「行くよ」  先ほどの切羽詰まった感じとは違う、僕を安心させるような声で告げられた言葉。 「もうすぐ駅。  まだ電車が動いてて良かった」  僕を安心させるためか、都度告げられる言葉。ザワザワしているのは駅に着いたからだろうか。 「ホームに着いたから一度切るよ。  そっちに着いたら必ずもう1度かけるから」  その言葉に「うん」と告げると通話が終了となった。  電車に乗ったのだろう。  僕を安心させるかのように送られてくるメッセージ。 〈今、電車に乗りました〉 〈今、××通過したよ〉 〈もうすぐ着きます〉  本当に彼に会えるんだ。  やっと実感が湧く。 〈早く会いたい〉  送られてきたメッセージ。 〈僕も〉  そう答えた僕は、コートを着て外に飛び出した。
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