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 ノートを手に取っては中身を確認して今日の気分と照らし合わせていくものの、どれを見てもピンとこない。  かと言って、今の時点で新しい話を考えようとしても暗く拗ねた内容になってしまう気がして新しいノートを取り出す気にもなれない。  唯一本となったあの話を面白いと思ったことはないけれど、それなりによくできた話だったとは思っている。  小説の正しい書き方があるとすればそこからは大きくずれているけれど、人を惹きつける〈何か〉があるのだ。  思い入れが強いせいか一気に書き上げたのが良かったのか、思い入れの違いなのか、決められた話を書き上げることはできるのに、自分で考えて書き上げることはあれ以来出来ていない。  僕の情熱はあの一冊に凝縮されてしまったのだ、きっと。  そもそもの始まりは他愛もない会話からだった。  あの当時、1番大切に思っていた彼との会話。 「大事なものほど留めておくことができないのは何でなんだろうな……」  彼が大切にしていた人が留学してしまう事を嘆いた言葉が発端だった。  同じ大学に入り、やっと射止めた意中の彼女が〈留学をする〉とさっさと手続きしてしまったのだ。  蜜月が始まると思った矢先の出来事に落ち込む彼。だからと言って別れると言う選択肢は無く、帰国を待とうか自分も留学しようかと本気で悩んでいるようだった。  同じ学部に通い同じ選択をして学んでいるためその選択肢に間違いはないけれど、留学となると自分の気持ちだけではどうもならない事は彼もよくわかっていた。留学費用を心配する必要のない彼女と、一人暮らしを許された代わりに生活費はなるべく自分で稼ぐように言われていた彼。結局選択肢はひとつしかないのだ。 「信用してないわけじゃないけどさ、飛行機の距離ってのは遠いな……」  切ない言葉に僕の胸が痛む。  見守ってきた2人の縁が留学で切れる事はないだろう。それでも願ってしまう、その縁が切れる事を。もしかしたら自分を見てくれるのではないか、と言う浅ましい思いと共に。  あの話は自分自身の願望だった。  報われない恋がちょっとしたきっかけで報われる話。  どこにでもあるような平凡な出来事を淡々と書いただけだったのに、それなのに当時のブームに乗ってしまったのだ。  淡々と始まり淡々と終わる物語。  ずっと身近にいた者の存在に悩み、苦しみ、自分の選択に悩む3人の男女。  彼を中心に、自由奔放に振る舞う彼女と彼を慕いながらも自分の気持ちを隠す彼女。  遠い異国の地に居ても彼を翻弄し、日本に居ながらも彼女に恋焦がれ日に日に憔悴していく彼。そんな彼を支えながらもいつか自分を見てくれるのでは、と思いを寄せる彼女。  最終的には異国の地で新しい相手を見つけた彼女と、身近に居た大切な存在に気付き想いを遂げる2人。    ありきたりな話なのに何故かウケてしまった。  実際には異国で自由に振る舞う彼女に愛想を尽かした彼はさっさと新しい彼女を作り、今では二児の父となっている。  彼女は向こうで出会った彼とはうまくいかず、日本に帰ってきて彼と寄りを戻そうとするも相手にされず。  しばらくは荒れていたが少し前に結婚したと聞いた。もともと家柄の良かった彼女なのでそれなりの相手と縁を結んだのだろう。  適材適所。  いくら熱に侵されても収まるべきところに収まるのだ。  そう言えば最近この2人から連絡が無い。  お互いに別々の相手を選んだのが気不味いのか、それともお互いにまだ未練があるのか、何かというと僕を通して互いの近況を知ろうとするのはずっと続いてきた習慣だ。習慣なんだけど、そう言えば最近は連絡が途絶えている。  不審に思い2人とのメッセージのやり取りを開いてみる。  彼からも彼女からも同じ時期からメッセージが届いていない。  何かあったのか、と考えて気がついてしまった。  そう言えばブロックしたままだ…。  彼と同棲を始める少し前に来たメッセージ。お互いの様子を探るために連絡をしてくる2人が鬱陶しくて、彼と連絡を取っている最中でも返信を催促するメッセージに腹を立てて、いい加減にしてくれとブロックしてしまったのだった。  彼と同棲を始める前だからそろそろ1年近く経っている事になる。  どうしようか少し迷ったけれど、彼と別れて人恋しい気持ちに負けてブロックを解除してしまった。  最近は彼との会話も無く、仕事中に話し相手もおらず、人との触れ合いに飢えていたのだ。  仕事をするつもりだったのにすっかり気分を削がれてしまい、ノートを選ぶのを諦めた。  急ぎではないけれど、テーマの決まったお手本の様な話を書くことにしよう。  マニュアルに忠実に書いた話は大きく感情を揺さぶられる話にはならないけれど、読む人を納得させる様な説得力はあるはずだ。  さて、次のテーマは何だったかな…。
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