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 パソコンを開き、依頼された企業指定の書式が保存してあるワードを開く。  いくつかの企業名が登録された中から目当てのものを選ぶと思いつくままにキーボードを叩く。  決められた内容で話を書くのは嫌いではない。いくつかのワードを入れ、決められた文字数で依頼してきた企業の望む事を書けばいいのだ。  自動車会社の依頼ならば車を絡め、お菓子会社ならばお菓子を登場させる。  企業によって望むものはそれぞれなので似ていても同じものにはならない。  望まれたものを望まれた様に書くのは案外性に合っているようで、決められたテーマで企業のイメージに合った商品やワードを散りばめ決められた文字数で書き上げる。  パズルを作り上げていく様な感覚は嫌いじゃない。 〈自分の話〉を作り上げることはできないのに〈他人の話〉は客観的になれるのが良いのだろうか?  そんな事を思いながらキーボードを叩いていると机の上に置いてあったスマホが何かを受信した事を知らせるために動き出す。  着信、メッセージ、着信、メッセージ。  時間を確認するとちょうど昼の休憩の時間帯なので彼からだろうと予測をつけバナーを見てみる。 〈どういうこと?〉 〈電話に出て〉 〈話がしたい〉 〈何で?〉 〈今夜は早く帰るから〉  着信の合間に続くメッセージ。  うっかり電話に出てしまわないように休憩時間が終わるまでは放置を決め込む。  その間にも着信とメッセージが続くが返事をする気はない。 「今更だよね」  話をしたいと言った僕の言葉を拒否したのは彼だ。  あの時に少しでも僕を顧みてくれていたら話す余地もあったのに……。  スマホが静かになったのを確認し、フォルダから写真を呼び出す。  彼と誰かが仲良くしている写真。 「こんな写真、撮らせるなよ」  キスをされている写真、ベッドで無防備に寝ている写真、どちらも見える範囲では服は着ていない。  部屋の様子からしてホテルでもなさそうだ。  何枚も送られてきた中から誰が見ても〈そう〉だろうな、と思うような写真と送られてきた時のメッセージのスクショを添付して〈お幸せに〉と一言添える。  直後にまた着信があったが出る気はない。  着拒やブロックをすれば煩わしくないとは思うものの、連絡手段が無くなった時に下手に探されても厄介なので着信には出ないが、メッセージには既読をつける。  その頻度を徐々に下げればいずれはフェイドアウトするはずだ。メッセージの内容に危うさがあれば適度に相手をすることもあるが、大抵は流された相手のところにそのまま流れていく。  こぼれ落ちるのではなく、わざとこぼしているのかも、そう思わないでもないけれどそれは相手も同じだ。 「しばらく恋愛はお休みかな…」  聞いている相手もいないのに声に出して言ってみる。  誰かがそばにいないと淋しくて、なんて可愛い性格ではない。  なんなら独りでも平気な方だと思う。  本当は同棲なんて好きじゃないし、自分の時間は大切にしたい。だけど相手がいる時は尽くしてしまう。そう、尽くしてしまうのだ。  それを義務付けないと疎かにしてしまうから意図して相手に尽くす。相手は尽くされて悪い気はしないようで、しばらくは心地よい関係が続くが何をやっても受け入れる僕がだんだんと重くなってくるらしい。  意図して連絡をしないと相手から連絡が無ければずっとそのままになってしまう。それを防ぐために先回りすれば健気な僕の出来上がり。  健気な僕は相手に尽くしすぎて心が離れていく事が分かっていても尽くす事をやめられず、気が付けば僕のことを好きだと言ってくれていたはずの相手はもっと気楽に過ごせる相手に乗り換えているのだ。  毎回思うものの、ただの悪循環である。  だったら適度に距離を置いて淋しい時にだけそばに居てくれる相手を探せば良いとも思うけれど、そう言った相手を探したつもりがいつの間にかいつもの悪循環に陥っているのだ。  不毛だ。  静かになったスマホを見ながらため息をつく。  メッセージと不在着信が交互に並んだ後に僕が送ったスクショとメッセージが続く。そして最後に不在着信を知らせる通知。  次にかかってくるとしたら終業後だろう。それまでにはまだ時間があるので仕事を進めることにする。余計な事は考えず、与えられたワードをパズルの様に組み立てていく。最後のピースをはめ込む様に句点を付けたら完成だ。  時間置いてから推敲した方が誤字脱字、粗を見つけやすいので取り敢えず保存してパソコンを閉じる。  彼の終業時刻までにはまだ時間があるけれど仕事を続ける気にもなれないため、施錠を確認して居住スペースに移動する。彼の部屋から持ってきた物の片付けを始めるけれど服を片付けるだけなのですぐに終わってしまった。何しろ物がないのだ…。  部屋自体も居住スペースはダイニングキッチンとバス、トイレ。寝室にはクローゼットがあるもののそこまで広くはない。結果、物も少なくなるのだ。  もともと必要最低限のものが有りさえすれば大丈夫な質である。服は流行りを追う事はないし、食器も1人分ならたかが知れてる。調理器具だってレンジと鍋、フライパンがあれば大抵のことはできてしまう。ただ、料理は好きだから調理器具は案外充実してる。  この辺が生活感の出る原因だろう。  そう言えば必要な食材を買っておかないといけないんだった…。
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