5

1/1

201人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

5

 ダイニングキッチンで今日食べるものをチェックしてみる。流石に動揺していたのか、昼食を食べていないことに今頃になって気付いた。冷凍室には一食毎に冷凍したご飯と炊き込みご飯の残りで作ったおにぎり、他にも数種類のおかずが冷凍してある。冷蔵庫を開ければ日持ちのする常備菜がタッパに入れて置いてある。  そう言えば彼が家で食事を取らなくなったせいで消化しきれなかった分は、こっちに持ってきて昼食にしていたのだった。    同棲するにあたって家賃や光熱費はそのまま彼が払い続け、食費は僕がと決めたのは彼自身だ。という事はこの食材は僕のお金で用意したものになるから何も問題は無い。調理に当たって光熱費は必要だけど、用意したのに食べなかったのは彼だ。迷惑料だと思って欲しい。  そもそも食事がいらないならいらないと言ってくれればいいのに、作って待っている方の身になって欲しい。  あ、思い出したらムカムカしてきた。  大体、昼食だって元々はお弁当だったんだ。前日の残り物を自分用に弁当箱に詰めているのを見て〈自分も欲しい〉と言ったのは彼なのに、喧嘩した時に〈こんな地味な弁当、毎日作らなくていいのに〉って言ったんだ。  当然、それ以来作ってないし自分の分も作るのをやめた。ただ、残ったものはタッパーに詰めて持ち帰る様になったんだ。持ち帰る…やっぱりあの部屋は僕にとって仮の宿で〈帰る〉と思うのはここなのか。  地味な弁当と言われたことにショックは無かった。確かに野菜の常備菜を少しずつ入れて、肉か魚のおかずをメインとして一品入れた弁当に華やかさは無い。ただし、健康には良いのだ。  そろそろ30代になる自分達は少しずつ健康に気を遣って良い頃だと思う。大体、僕の弁当にはメインのおかずは入っていない。彼だけのために用意していたのにあの言い草だ。  作ってもらったものに文句を言う男なんて、地獄に落ちてしまえ。  今、あの部屋の冷蔵庫は氷とミネラルウォーターしか入ってない。あ、あと食べ残しのアイスくらいは入っているかも。  ミネラルウォーターは持ち運ぶには重いし、家で食事をしなくても水くらいは飲みたいだろうという僕の心遣い。  弁当事件を思い出してムカムカしたけれど、それでもお腹は空く。くぅ~、となったお腹に苦笑いしつつおにぎりをレンジに入れて冷蔵庫の常備菜をいくつか取り出す。  この時間だと変な時間にお腹が空きそうだと気付き、おにぎりを1つ追加する。流石に汁物は冷凍してないからインスタントだ。  そう言えばこんな夕食も彼は嫌がってたな、と思い出す。  もっとガッツリしたものが食べたい、肉が食べたい、魚は骨が面倒だ、野菜なんて食べなくても死なない。  野菜を食べずに好きなものだけ食べて体調を崩したとしても、もう僕のせいじゃ無い。  別にベジタリアンでもビーガンでもない。出汁は鰹節で取るし、時々煮干しも使う。ただ野菜が好きなだけで、生クリームたっぷりのケーキだって好きだし、焼肉だって嫌いじゃ無い。ラーメンだって好きだし、カレーはシーフードカレーが好きだ。  ただ、人より食べる頻度が少ないだけ。  この辺も健康な成人男子とは合わないのだろうか?  そう考えていくと人よりも欲求が少ないのかとそこに行き着くけれど、確かに毎日だとキツイけれど嫌ではない。  最後までしなくてもイチャイチャするだけなら毎日でもしたい。  もしかしてスタミナの付かない食事で毎日イチャイチャしたがったのがいけないのか?!なんて思ったけれど、それならそれで仕方ない。  この省エネの時代に燃費の悪い男はいずれ行き場を失くすだろう。  考えているとご飯が不味くなるので無理矢理彼を頭の中から追い出す。  自分の作った食事は自分好みの味付けだから当然美味しい。出汁を取って煮れば何でも美味しい気がするし、買い過ぎた野菜だって常備菜にしてしまえば無駄にすることがない。  ただ、1人の食卓が少し淋しいだけだ。  お行儀は悪いけれど、黙々と食べるのも物悲しくておにぎりを食べながらスマホを弄ぶ。彼の仕事が終わるまでまだ時間があるから誤って電話に出てしまうこともないだろう。  スマホを弄んだところで欲しい情報があるわけでも無いし、連絡したい相手がいるわけでも無い。  黙々と食事をしながらスマホを弄び、スマホを弄びながら黙々と食事をする。  ネットスーパーをチェックしつつ、配送を頼もうか、自分で買いに行こうかと悩む。野菜はできれば自分の目で見たいけれど、万が一にも彼に会う可能性があるのならば諦めた方がいいのかもしれない。この部屋にいれば安全なのだから。  そう思いながらもネットスーパーにしようか、自分で買いに行こうかと悩んでしまう。  全てが無限ループだ。  朝起きて、独りで黙々と朝食を食べ、仕事のために自宅に向かい細々と小説を書く。  黙々と昼食を食べて細々と小説を書き、彼が帰ってこない彼の家に帰り、彼が食べない彼のための食事を作る。  それが終わると自分の分の夕食を黙々と食べて片付けて、食べられることの無かったおかずをタッパに詰めてお風呂に入る。  帰ってこない彼を待つのをやめてからはさっさと布団に入り、さっさと眠ってしまうことにしていた。  僕が寝た頃帰ってきた彼は僕が起きる時にはまだ夢の中で、僕はそっと起き出し夕食の下準備をしながら朝食を食べる。  起き出してきた彼は僕に声をかけることもなく、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲んでからシャワーを浴び、身支度を整えてそのまま出勤する。  永遠に続くかのような毎日を、今朝やっと断ち切ったのだ。  もう無限ループはお終いにしないと。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

201人が本棚に入れています
本棚に追加