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6
ぐるぐると同じ内容が頭の中で回る。
頭の中の無限ループのような記憶も今までの彼等のように何処かにこぼれ落ちて忘れてしまうことができたら楽なのに。
こぼれ落ちてほしく無いものはさらさらと音も立てずに消えていくのに皮肉なものだ。
何をするともなくスマホを弄んでいる時に受け取ったメッセージ。
〈生きてる?〉
一言だけ書かれたメッセージは先ほど解除した友人からのもので、安否を気遣うと言うよりも安否を伺うと言った方がしっくり来るものだった。
思わず開いてしまったせいだろう、既読が付いたことで怒涛のメッセージが続く。
〈今どこ?〉
〈何してる?〉
〈お前、ブロックするなよ〉
怒りを示す絵文字付きのメッセージ。
その後に続くスクショの画面は既読が付かない〈生きてる?〉のメッセージが並び、最後の〈生きてる?〉にだけ既読が付いていた。
そうか、ブロックをすると相手のメッセージにはこんな風に表示されるのか。
僕の方のメッセージは彼に最後に返したメッセージの後に〈生きてる?〉と書かれたメッセージだけが表示されている。きっとこの間にはいくつものメッセージが挟まれていたのだろう。
〈生きてるよ〉
〈家にいる〉
〈ご飯食べてた〉
〈だって、舞雪と連絡取れって煩くて面倒だったから〉
聞かれたことにはとりあえず答えておく。
〈いつ帰って来た?〉
〈いつまでいる?〉
再び続くメッセージ。
〈どこも行ってない〉
〈いつもいるよ?〉
そう返すと拉致が開かないと思ったのだろう、メッセージではなく着信を知らせる音が響いたのでスピーカーにして通話を開始する。
「お前、ふざけんな。
どこにも行ってないって、何回そこに行ったと思ってるんだよ」
大きな声が喧しい。
僕はブロックを解除したことをもう後悔していた。
「とりあえず五月蝿い。
声、大きい」
口の中のおにぎりを飲み込んでから答える。スピーカーにしておいて良かった。耳に当ててたら頭が痛くなる。
「ここに来たって、いつ?」
「そんなの覚えてない。
でも何回か行ってる」
「だから、いつ?
何時頃?」
「夜とか、休みの日とか」
「それ、すれ違いだ」
どうやら僕のいない時に様子を見に来ていたらしい。友人をブロックして直ぐに同棲を始めたせいで不在だったように見えたのだろう。この部屋にいるのは彼の勤務時間と同じ、朝から夕方までだったせいで常にすれ違っていたようだ。もちろん土日は向こうの部屋で過ごしていたからこちらには来ていない。
「すれ違いって、そこの奥に住んでたんじゃないの?」
「住んでるよ。
今日からはずっと居るからもう様子見にこなくて大丈夫だよ」
僕の言葉に友人はため息を吐く。
「心配させておいてそれ?」
「別に心配してくれなんて頼んでない」
本当は嬉しいくせにそんな風に嘯いてしまう。
彼、直輝に対して恋愛感情なんてとっくの昔に消え去っている。今はもう〈友達〉としての好きしかない。だけど心配されることには喜びを感じてしまいつれない態度をとってしまう。
「舞雪も心配してるよ」
その言葉に動きが止まる。
「舞雪と連絡とってるの?」
「嫁がね」
よくわからない話になって来た。
僕に互いの様子を聞いて煩わせたくせに、この1年で何がどうなっているのだろう?直輝の奥さんと舞雪は仲が良かったのだろうか?
「友達だった?」
「お前のせいで友達になった」
苦笑いだ。
「お前、雅と連絡取れなくて焦って俺に連絡して来たんだよ。俺としては嫁に変に思われたくないからはじめから事情を知らせたら〈私が間に入って良いなら〉って言って嫁が連絡役。だから嫁の指示でその部屋の様子見に行ったりしてたんだ。
舞雪も行ってたはずなんだけど何で会わなかったんだ?」
最後は自分に向けての言葉だろうか。
「舞雪だって空いた時間となると直輝と同じような時間に来てたんじゃない?」
そう答えるしかない。
それにしても2人とも〈手紙〉という概念はないのだろうか?
メッセージも電話も繋がらない。住んでいるところは知っているけれどそこに姿は無い。ポストがあるのだから自分なら手紙を入れるのに、と思い聞いてみた。
「手紙入れておくとか、方法ならあると思うけど」
僕のその言葉にしばらく沈黙が続いた後にポツリと言葉が落ちる。
「手紙なんて、全く思いつかなかった」
そうなのだろう。
直輝も舞雪もどちらがと言えば直情的で、駄目なら駄目で諦めるタイプだった。今日が駄目ならまた今度、が重なり1年が過ぎていたようだ。
「今日とか暇?」
「暇だけど、しばらくは家から出ないよ」
「何で?」
「見つかると厄介だから」
直輝に事情が伝わらないことは分かっているけれど、取り敢えず隠さずに現状を伝える。
「誰に?」
「元交際相手?」
「なんで疑問形?」
「一方的に別れて来たから?」
直輝は僕の答えに大きく溜め息を吐いた。直輝には今までの恋愛も全て伝えてあるので隠す必要はない。
ついでに言えば僕が直輝の事を憎からず想っていたことも知ってるのだ。
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