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 あれはまだ学生だった頃。  直輝が舞雪との関係に悩み、自暴自棄になっていた頃の苦い思い出。  その日、飲み慣れないアルコールを飲んで悪酔いしたのだろう。 「雅が女の子だったらこんなに悩まなかったのにな」  嬉しいような、嬉しくないような、そんな一言に思わず溢してしまった言葉。  僕も少し酔っていたのだろう。 「じゃあ、僕と付き合ってみる?」  僕としては冗談半分で言った言葉だった。〈俺は舞雪が良いのっ!〉そんな言葉が返ってくる前提で言ってみた言葉。  それなのに直輝は真面目に答えたのだ。なんとなくだけど、僕の気持ちに気付いていたのだろう。 「ごめん、言っちゃいけない事言った。  雅のことは友達として好きだけど、恋愛感情は無い」  その時に直輝が言った言葉。 「雅が辛いなら友達付き合いもやめるけど、普通に友達として付き合えるなら俺はそのままがいい」  続けてそう言ったのには驚いた。  僕が軽く言った言葉にそこまでちゃんと考えてくれていたのだ。きっともう、酔いも覚めているのだろう。 「気持ち悪くない?」 「何で?」 「男同士だよ?」 「うん。  別に今の時代珍しくないよ?」 「それは自分の身に降りかからなければでしょ?」 「降りかかってないし」 「降りかかってるじゃん!」  思わず言葉がキツくなった僕を見て、直輝は困った顔をする。 「俺のこと襲う?」 「襲わないけど」 「同意無く何かしようとか思う?」  何かとは何を指すかあえて聞かないけれど、体格差から考えても僕が何かできる相手ではないし、言ってしまえば僕はされる方だ。  ただ、そこまでリアルに答える必要はないので首を横に振る。 「なら問題ないじゃん。  俺、今までだって告白してくれた女の子に付き合えないって伝えた上で友達付き合い続けてたりするよ?  雅は気にしすぎ」  そう言って良い笑顔を見せられた。  そんな経緯から、僕の恋愛相手が女性ではないのは百も承知だ。 「別れた原因は聞いても大丈夫?」 「相手の浮気。  って言うか、直輝仕事中じゃないの?」 「そうなんだけど、いま営業の帰りでちょっと休憩してたところ。とりあえず夜そっちに行っていい?」 「いいけど、奥さんは?」 「今日は舞雪が子ども連れて遊びに来るからパパは晩御飯食べて来てね、だってさ」  不思議な関係に何とも言えない。 「その時に詳しい話聞くから、後でな」  こちらの返事を聞かずに一方的に決めて電話を切られた。  来るのは構わないけれど常備菜以外何もない。さて、どうしたものか…。  落ち着かない気持ちのまま取り敢えず食事を済ませる。食器を片付けた後で冷蔵庫の中をもう1度チェックするけれど中身が増えるわけもなく、仕事終わりの成人男子が食べるには物足りないものばかりだ。もっと言えば飲み物はお茶しかない。コーヒーや紅茶はあるけれど、食事時には向かない。  そもそも電車で来るのか車で来るのかでも違ってくるし、と悩んでも仕方がないし、今から何か用意をする気もないので考えるのはやめた。  自分はもう食べてしまったので、何か買ってくればいいのだ。どうせ外食する予定だったと言っていたし、と思いその旨をメッセージにして送る。  仕事部屋で迎えようか、奥のダイニングに通そうか、少し悩んだけれど仕事部屋に生活感を持ち込みたくないので奥に通すしかないだろう。  掃除はしていたし、特に目につくところに出しっぱなしにしたものもない。それなのに生活感が出ているのが可笑しい。  生活していないのに出てしまう生活感。それに比べて彼の部屋の僕のスペースはいつまで経ってもよそよそしかった。  つまりはそう言う事なのだ。  手持ち無沙汰になってしまい仕方無しにまた仕事部屋に戻る。どうせこの部屋を通らないと奥には行けないのだからここで待つ方が効率が良い。  棚から数冊のノートを取り出しペラペラ捲る。どれも書きかけの話だ。  パソコンの専用フォルダに保存しておけば嵩張らないけれど、話を考える時は何故かノートに書きたくなる。  少し書いては線を引いて消し、矢印を引っ張ってまた書き足す。  どこに何を書いたかわからなくなってまたはじめから書き始める。  消しゴムは使わない。  アナログだけど、そんな作業が楽しいのだ。  楽しいのだけど、書き上げることができないのは、きっと話の終わりを決めたくない、話を終わらせたくないのだろう。  シャーペンを取り出し適当に選んだノートを読み返す。誤字脱字を訂正したり、言葉を付け足したり。  この話は僕にしては珍しく主人公が決まっていないと言うか、複数いると言うか、いわゆる群像劇で、書き慣れない方法をとったせいか途中で止まったままだ。  その時、再びスマホが着信を告げる。  直輝からかと思い手に取ると画面に表示されているのは〈彼〉の名前。時計を見ると就業時間を過ぎていた。  最近は毎日残業続きだったはずなのに定時に終われるんだ、と本人には言えないけれど嫌味っぽく考える。  本当に残業だなんて信じてなかったけれど、こうやって就業時間に電話をしてきて嘘を吐いていたことに対する罪悪感は無いのだろうか? 〈仕事、もう終わった?〉 〈もう家にいる?〉  着信と交互に届くメッセージ。  仕事は終わったと言えば終わったし、もちろん家にいる。ただし、彼の思っている家ではない。 〈電話に出て〉 〈今から帰るから〉 〈話をさせて〉  今更なメッセージにイライラしてしまう。僕が欲しがった時にはくれなかった言葉。今になって与えられても僕にはもう必要ないのだ。
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