2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
春。俺の住む町は伝統の祭りがある。
箱崎農村環境改善センターのグラウンド。桜の花が勢いを見せて咲く。ウグイスも鳴いている。よく絵で見る緑の鳥はメジロで、本当のウグイスは、あれじゃない。本当のウグイスを教えてもらってどうして勘違いされたんだろうって思った。
「嫌いだぜ、春なんか。」
カッコつけて仁王立ちをするぽっちゃり体型の圭ちゃん。5歳だ。半ズボンが眩しい。
「なんで?良いじゃん春。」
俺は、大学4年生だけど春は好きな方。
「だから子どもなんだぜ?」
見上げながら言われた。眉間に皺を寄せる姿が圭ちゃんのじいちゃんにそっくりだ。
「そんなことより、ねじねじしてよ。」
俺は圭ちゃんに材料を差し出した。小さな和紙に綿を包んでてるてる坊主みたいにする。ねじった方は広げないでまとめる。綿を包んだ方には赤いインクを染み込ませる。
「つぼみ運べ、圭。」
それは、花の蕾に見立てたものだ。
圭ちゃんのお父さんは雄二さんと言って俺の3つ上。
「だから嫌いだ!春なんか!」
怒りながら、つぼみの入った箱を持って別のグループに届けに行く。いわゆる反抗期だ。
「困ったな、反抗期。」
「踊りは雄二さんに似て素直ですよね。」
「俺の踊りは遊びがなくてつまんねーんだよな。」
「いや、そういうことじゃなくて。」
圭ちゃんは、向こうのグループでも怒っていて、周りの大人に笑われている。蕾は紙で包んだ竹籤に糊付けする。糊付けする間、竹籤を持っていろと言われて怒っているのだ。
「早くやってよ!もう。」
大人たちが沢山いるのにあんなに不機嫌を撒き散らかせるのもなんだかすごい。
子どもはもう、この地区には圭ちゃんしかいなかった。少子化で子どもがいない。
つぼみをつけたら最後に、花弁に見立てた和紙を貼っていく。
これは、桜の花とも桃の花とも言われる縁起物。
この”花”を作るのはいつも桜が散った後、4月の半ば。でも今年は、桜の開花が遅くて、この時期でもまだ八分咲きだった。
伊達市箱崎。
江戸時代から続くまつりがある。愛宕神社の春の祭礼 箱崎の獅子舞。福島県指定重要無形文化財。
うちの地元に脈々と受け継がれる獅子舞は、正月の縁起物のアレとは違う。真っ黒な獅子頭。竜の顔をしている。獅子は3匹、先獅子、中獅子、雌獅子。舞を先導する翁面の半兵とひょっとこ面のささら。これでワンセットだ。
舞の練習は夜で、愛宕山の下の福厳寺に集まる。大学生も俺しかいなくて、みんな30代より上。太鼓と笛を響かせて舞を練習する。
「俺ら婚活しないと、獅子舞やべぇな。」
継承したくても継承する相手がいない。
「彼女ってよ、どうやって作るんだっけか。」
練習が終わっても帰らない。
「マッチングアプリじゃねーの?」
缶ビールと酎ハイ、きゅうりの漬物、豆腐とこんにゃくを囲んでそんな話。
「さえねぇな。」
「まあ、獅子舞は女人禁制だからな。」
「昔の人はどうやって女捕まえたんだろ?」
「……だけど、貞雄さん、結婚してっかんね。」
「なんであの人は結婚できて俺らできねーのかな。」
貞雄さんは、最近来ないけど、半平をやっていて
「やっぱ、葬式屋って金持ってんだろうな。」
「金な。」
斎場に勤めている。体が大きくて熊みたいで、翁って感じしないけど熟練者が舞うのが半平だ。
俺はこういう田舎の狭い世界の会話が嫌いだ。
「帰ります」
着替えて、あいさつだけする。
「混ざってけよ、たまには」
「塾の資料作んないと…」
「かっこいいね、先生は。」
「かっこいいんです、俺。」
「ははは。また、明日。」
アルバイトでやっている個別塾の講師。中学の国語を教えている。思春期の中二病みたいな子どもの相手をするのは大変なんだ。世間話に混ざってる暇はない。
最初のコメントを投稿しよう!