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次の日の昼休み。守谷は、フツーにクラスのヤツと話していたが、俺は教室に入って行った。
「守谷」
俺が声をかけると、守谷が明らかに怯えた目で見た。
「今宮先輩…」
「ちょっと話、できる?」
「…………」
守谷、俺の方を向いてはいるけど、視線を逸らして、無言。一重の目。丸っこい鼻。厚めの唇。ツーブロック七三分け。
「ツーブロって、真ん中で分けない?」
って誰かに聞かれて、第二のつむじが額の生え際、七三ポイントにあって、そこで分かれちゃうって言ってたな。って、そんなことを思い出してる場合じゃない。
俺は守谷の腕を掴んで、それまで話してたクラスのヤツさんたちに言う。
「ちょっと守谷、借りるね」
クラスのヤツさんたちも、怯えた目で、俺を見~て~い~る~よ~っ。ゼンッゼン!先輩、こわくないよっ。ちょっと図体が、でっかいだけだよっ。つか、180cmの俺よか守谷の方が、183cmで、高いだろっ?!
守谷の腕を引っ張ってイスを立たせて、教室の中を歩いて行くと、他のクラスのヤツさんたちも、怯えた目で、ちらちら見て、こそこそ、話す。パワハラ先輩じゃないよ!パワハラ先輩じゃないよ!と、2年3組のみんなに向かって、心の中で訴える。
教室を出て、どこで話すよ?昼休みの廊下、立ち話してるヤツも、いっぱい、いる。――後輩の腕を引っ張って歩いて、結局、廊下の端の非常口の前まで来ちゃったよ。
俺は、万が一、守谷が非常階段から逃亡しないように、非常口を背にして立った。
「守谷、」
俺は守谷と向かい合って、思わず言ってしまった。
「お前、ピアスなんて着けてたっけ?」
守谷の両耳に、銀色のピアスが光ってる!!お前、ピアスなんかしてなかったよね?!ピアスなんか着けるキャラじゃなかったよね?!何?!三井みたいにヤンキーになってからの~「バスケがしたいです」展開?!いや、ピアスしてんのは、リョータか。ポジション、同じポイントガードだもんなっ。
守谷はうつむいた。
「運命、変えたかったんです」
「ぶはっ。ごめんっ。ははははは」
思わず吹き出しちゃって、悪いと思って謝ったけど、先輩は笑ってしまう。笑う資格なんか、俺にないのに。でも、言うよね~。ピアス開けると、運命変わるって。俺は聞いた。
「運命、変わった?」
「運命は変わったかどうか、わかんねえですけど、片耳、開けて、ピアッサーをバッチンする痛みを知って、それでも、もう片耳を、バッチンできた勇気は、自分で自分をホメてやりたいです」
「貫通の痛みは、わかる。めっちゃわかる」と、先輩は言ってやりたかったが、やめといた。
うつむいてる守谷は、ははっと笑って、自分の目の前に手をかざした。
「開けなきゃよかったですよ」
「おいおい、いきなし後悔かよ?」
「ピアス開けるか、開けないか、悩んでれば、バスケのこと悩まずにいれたから。」
「守谷、」
「『負けて強くなる』ってゆーじゃないですか」
「うん、言うね」
「あれって、最終的に強くなれて、勝てたヤツが言えるセリフですよね。強くなれなくて、負け続けてるヤツは、そんなこと言えねえよ」
「守谷」
「負けて、自分はダメだと思う、負けて、自分はダメだと思う、負けて、自分はダメだと思う、負けて、自分はダメだと思う、」
「守谷」
「ぐるぐるぐるぐる、その繰り返しで、一歩も前に進めなくて、ちっとも強くなれない」
ガチで悩んでる後輩に、何か言わなきゃ何か言わなきゃ何か言わなきゃ何か言わなきゃって思うだけで、バカな俺の頭は、何の言葉も思いつかない。
「ごめんな、守谷」
それしか言えなかった。俺が一勝したいなんて思わなきゃ、ゆるゆるバスケ部のまんまでいれた。
うつむいたままの守谷が、ごすっと、俺の胸、制服の緑チェックのネクタイに、拳を打ち込んだ。弱々しい、拳だった。そうだよな。俺に謝られたって、どうにもなんないよな。
ごす、ごす、ごす、守谷は俺の胸に、ずっと拳を打ち込み続けた。
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