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「猫だ!」
何度も這い上がろとしたのだろう。体には真っ黒い土がついている。その黒い土の重さと白い雪の寒さで衰弱し、体が思うように動いていない。このままでは……。
「早く助けなきゃ。」
私たちは傘を投げ出し、堀にある木の柵を乗り越えた。斜面がきつく、一歩間違えば、二人とも堀に落ちかねない。慎重に、しかし時間はない。猫は体力が尽きてきたのか、あまり動かなくなっていた。
優花が桜の木の太い枝に腕を回す。
「翠月、私につかまって。」
「うん。」
お互いの手首と手首をしっかりつかみ、私がゆっくりと斜面を降りていく。あと、もう少し。
「届かない……。」
「木の枝は?」
とっさに落ちていた木の枝をつかみ、猫に向ける。すると、猫は驚いてしまったのか、対岸を目指そうと、最後の力を振り絞って体をばたつかせた。対岸まで泳ぎ切る体力はもう残っていない。
「ダメ! そっちじゃない! 戻って!」
私の悲痛な叫び声と同時に、優花も叫んでいた。
「翠月、聞いて! 一回こっち戻ってきて!」
我に返り、斜面をよじ登る。
優花は、私の手が離れると、急いで自分のベルトを外し始めた。
「これを輪にして……。翠月、こうやって、輪の下から手首をかけて、上からベルトを二本つかんで! そう!」
優花、ベルト、私、がつながる。ベルトの分だけ、さっきより手が長く伸ばせる!
また、慎重に斜面を降りていく。猫は対岸を向いているが、ほとんどさっきと同じ場所で、もがいている。今度は驚かせないように、そっと手を伸ばす。あと15センチ! 私はとっさに猫の鳴きまねをした。優しく、少し小さめな声で。
「ニャー。」
猫が方向を変え、私の方を見た。
「ニャー…ォン。」
目が合った。目が合うと、猫は一瞬、いとおしそうに目をつむり、再び目を開けると、意を決したように私の方へ、泳ぎ始めた。あと3センチ!
「あ゛ーーーー!」
上の方から声が聞こえる。優花も最大限、腕を伸ばそうと頑張っている。
つかんだ! 猫の手をつかんだ!
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