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 老人の言葉に、私のなかで弾け飛んだ考えとは、以下のものである。  ひょっとすると、この世界では私と絵理子との関係はまだ終わってはいないのかもしれない、という可能性だ!  その想定の元で、私は自分と絵理子がこれまでに取った行動を図式化してみることにした。その図式では、いままでのものと較べていささか複雑な関係を取り扱う必要があるので、私はベンの図式の代わりに回路図を用いて、それを行うことにした。その表示では、たとえば、           ●●● a ●●●  a + b  は  ●●●       ●●●で、          ●●● b ●●● a × b は ●●● a ●●● b ●●●     ―a―    |   |  ――    ――    |   |     ―b―  ――a―b―― の形で表現される。 (筆者註 実際には点の連続ではなく線で描かれるが、テキスト形式では表現し難いので、右のように表記した。以下、同じ)  まず私は私、絵理子、彼女の結婚相手をそれぞれa、b、cと置いてみた。  絵理子と出会う以前、私は自分でも、絵理子でも、(当然のことだが)彼女の結婚相手でもない女性と関係があった。これは、         ●●● a’ ●●●         ●        ●  ●●● a ●●●● b’ ●●●●●●         ●        ●         ●●● c’ ●●●      ―a’―     |   |  ―a―――b’―――     |   |      ―c’―   a × (a' + b' + c')  と表記されるだろう。  また、絵理子は私と出会う以前にその結婚相手と出会い、    ●●● b ●●●  ●●●       ●●●     ●●● c ●●●      ―b―    |    |  ――     ――    |    |      ―c―   b + c  そして、おそらく関係していたことだろう。  ●●● b ●●● c ●●●  ――b―c―― b × c  そこに私が現われた。    ●●● b ●●● c ●●●    ●             ●   ●●●             ●●●    ●             ●    ●●●●●● a ●●●●●●     ―b―c―    |     |  ――      ――    |     |      ――a――  (b × c) + a  これは一連の流れだから、    ●●●b●●●  ●●●b●●●c●●    ●     ●  ●        ●  ●●●     ●●●●        ●●●    ●     ●  ●        ●    ●●●c●●●  ●●● a ●●●●     ―b―    ―b―c―    |   |  |     |  ――     ――       ――    |   |  |     |     ―c―    ――a―― (b + c) × { (b × c) + a }  と表記できる。  さらに、私が絵理子とは別の女性と関係を持っていたのは、それと同時期のことだろうから、      ●●●b●●● ●●●b●●●c●●●    ●●●     ●●●         ●    ● ●●●c●●● ●●●●●a●●●●●  ●●●                    ●●●    ●    ●●●a’●●●        ●    ●    ●      ●       ●    ●●●a●●●●b’●●●●●●●●●●●●          ●      ●         ●●●c’●●●        ―b―    ―b―c―       |   |  |     |     ――     ――       ――    |  |   |  |     |  |    |   ―c―    ――a――   |   ――                    ――    |    ―a’―           |    |   |    |         |     ―a―――b’――――――――――――        |    |         ―c’―  [ (b + c) × { (b × c) + a } ] + a × (a' + b' + c')  その後、私は絵理子と関係した。      ●●b●● ●●b●●c●●    ●●●   ●●●      ●●●    ● ●●c●● ●●●a●●●● ●●●  ●●●                   ●●a●●b●●    ●    ●●a’●●         ●    ●    ●    ●         ●    ●●●a●●●b’●●●●●●●●●●●●          ●    ●         ●●c’●●        ―b―    ―b―c―       |   |  |     |     ――     ――       ――    |  |   |  |     |  |    |   ―c―    ――a――   |   ――                    ――a―b――    |    ―a’―           |    |   |    |         |     ―a―――b’――――――――――――        |    |         ―c’―  [[(b + c) × {(b × c) + a}] + a × (a'+ b'+ c')] × (a × b)  そして絵理子は私の元を去った(これは右のものと同じである。何故なら、私と絵理子との関係はそこで完結していたのだから)。これを結論1としよう。  次に、絵理子が男との関係を再開し、私ひとりが取り残されている状態、    ●●● b ●●● c ●●●    ●             ●  ●●●             ●●●    ●             ●    ●●●●●● a ●●●●●●     ―b―c―    |     |  ――      ――    |     |      ――a――  (b × c) + a  を考えに入れ、これを右図の先に加えて結論2とする。      ●●b●● ●●b●c●●    ●●●   ●●●     ●    ● ●●c●● ●●●a●●●     ●●b●c●●   ●●●             ●●a●b●●     ●●●    ●             ●     ●●●a●●●               ●   ●●a’●●    ●    ●   ●    ●    ●    ●●a●●●b’●●●●●●●         ●    ●        ●●c’●●       ―b―   ―b―c―      |   | |     |     ―     ―       ―    | |   | |     | |      ―b―c―    |  ―c―   ――a――  |     |     |  ――                 ―a―b―       ――    |   ―a’―         |     |     |    |  |   |        |      ――a――     ―a――b’――――――――――        |   |        ―c’―  [[[(b + c) × {(b × c) + a}] + {a × (a'+ b'+ c')}] × (a × b)] × {(b × c) + a}  私はまず結論1で得られた数式を、和や、積の規則を用いて計算してみた。  [[(b + c) × {(b × c) + a}] + a × (a'+ b'+ c')] × (a × b) = {b × (b × c) + b × a + c × (b × c) + c × a + a × a'+ a × b'+ a × c'} × (a × b) = (b^2 × c + a × b + b × c^2 + a × c + a × a'+ a × b'+ a × c') × (a × b)  ここで積の規則 b^2 = b、c^2 = c、a × a' = 0 を適応すると、   与式 = (b × c + a × b + b × c + a × c + a × b'+ a × c') × (a × b)  a × b と a × c'、a × c と a × c' をaで、二つの b + c をbで括ると、   与式 = {a × (b + b') + a × (c + c') + b × (c + c)} × (a × b)  和の規則より、b + b'= 1、c + c' =1、c + c = c となるので、   与式 = (a × 1 + a × 1 + b × c) × (a × b) a × 1 = a だから、   与式 = (a + a + b × c) × (a × b) a + a = a より、   与式 = (a + b × c) × (a × b) = a^2 × b + a × b^2 × c = a × b + a × b × c = a × (b + b × c)  吸収の規則 b + b × c = bより、  〇 与式 = a × b (私と絵理子が結ばれる)  意外な、だが、私がまったく予想しないこともなかったひとつの結論が導かれた。  では、結論2の場合にはどうなるのだろう?  結論2は、結論1の先に、    ●●● b ●●● c ●●●    ●             ●  ●●●             ●●●    ●             ●    ●●●●●● a ●●●●●●    ―b―c―    |     |  ――      ――    |     |      ――a――  をつけ加えた形をしている。           ●●● b ●●● c ●●●          ●             ●   結論1 +  ●●●              ●●●          ●             ●          ●●●●●● a ●●●●●●          ―b―c―         |     |  結論1 + ――       ――         |     |           ――a―― ({(b × c) + a })  すなわち、  (a × b) × {(b × c) + a} = a × b^2 × c + a^2 × b = a × b × c + a × b = a × (b + b × c)  となる。  吸収の規則 b + b × c = b を適応すると、  〇 与式 = a × b (私と絵理子が結ばれる)  前のものと同じ結論が導かれた(計算の順序には当然別の経路も考えられる。だが、どの経路を選ぼうとも、導かれる結論は常にひとつなのだ!)。  いや、もしかすると、そんなに複雑な経路を考える必要などないのかもしれない。つまり、仮りに私をa、絵理子をbとすれば、私ではない男と関係する絵理子に私が出会うということは、吸収の規則(二つ目)そのものなのかもしれないのだから……。  a'× b + a = a + a' × b = a + b (ここで a' は当然bを含む。つまり男は絵理子を愛していたのだ!)  別の表記をすれば、  (私)+(絵理子を愛しているもうひとりの男)×(絵理子) =(私)+(絵理子) (相手の男にとっては何とも皮肉な話だと思う。自分が絵理子を愛することによって、その絵理子自身が他の男との出会いを体験することになるのだから)  だが、いくらそんな考察をしてみたところで、ここで私が導きだした結論は、単なる推測に基づいた、私の希望的観測にすぎない。現実とは、それがどの様なものであれ、生きるにはかなり辛く、それ相応の覚悟がいるものだと、私は今回の経験から身を持って悟っていた。だから、私はこの得られた結論を、自分を勇気づけるための糧としか考えていなかった。  けれども――
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