船出(7年前)

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船出(7年前)

 博士号授与式後にとり行われるパーティーは、活気に満ちていた。大学新入生向けの、合格おめでとうという軽い雰囲気とは一味違う。二十代半ばの働き盛り突入という、青年の、独り立ちを祝う席だ。  そこにはようやく成人したばかりの子供がはしゃぐような陽気さは無かったが、成熟した大人の、学識とウィットに富んだ会話があった。 「締め切りぎりぎりで学位が取れたよ。論文が審査に通るかひやひやしたんだ。ポストも決まったしな」  平岩優(ひらいわゆう)はグラスのワインを飲み干すと、安堵の声で同期の山田徹(やまだとおる)に話しかけた。  平岩は帝都大学大学院、博士後期課程の3年だ。同僚は二人いて、一人は山田、もう一人は女性の三山愛(みやまあい)だ。 「お互い、論文が認められて良かったな。俺達は、帝都大の古生物研究所に博士研究院として残ることができたしな」  山田はやや酔いの回った顔で、平岩にワインを勧めた。ありがたく頂戴する。今夜はいい酒になりそうだ。 「そういや、お前の研究論文って、どんなのだったっけ? ゲノムからの復旧てのは分かるんだが、最先端を極めると、視野が狭くなるというか、一点にしか没頭できなくなるんだよね」  山田にはそういうところがある。一つのことにはとことん取り組むが、他の事を全て忘れてしまう。学生時代、同じ古生物学研究室に配属されてから卒論、修士、博士と、7年以上付き合った仲だ。ある意味では家族よりもつながりが深いかもしれない。  山田の年齢は平岩と同じ、27歳なのだが、とてもそうは思えないくらい童顔だ。 「『絶滅動物のDNAを用いた、組織並びに神経細胞培養技術の樹立』だよ」 「ああ、そうだった。どうも研究室でパソコンだけに向き合っていると、ウェットな研究に疎くなってね」 「同じ研究室なのに、同僚の研究内容忘れるって、それは無いだろう」  平岩は山田の、ぱりっとのりがついたスーツの背中を小突いた。実際の細胞や組織を用いた研究をウェット、山田のテーマのように、主にプログラムや数式を用いて行う研究をドライという。 「最近は絶滅した動物の化石からDNAが検出されることが多くてね。俺の開発した技術で幹細胞を作り、疑似的に絶滅動物の細胞組織を培養するテクニックだよ」  平岩はアルコールの回った頭で、なるべく簡単な説明をと考えながら口を開いた。 「お前のプログラミングは、学会で賞を獲ったじゃないか」  山田の研究は、『コンピューターモデリングによる、絶滅動物の近縁種からの復元技術』だ。例えば、絶滅した巨象マンモスは、現在のインドゾウが近縁種だ。インドゾウの3次元データがあれば、マンモスの3次元データを詳しく出力できるという方法だ。 「賞を獲れたと言ってもねぇ」  山田は少し、肩を落とした。 「父さんも母さんも、認めてくれなくてね。せっかく帝都大に入ったんだから、省庁に勤めるものだと信じ込んでいたみたいで」 「言いたいことは分かる。ロマンだけだもんな。研究者の道は。医学や工学なら、すぐに世の中のためになる研究分野もあるんだろうけれど、俺達がやってるのは、何の役に立つか分からない基礎研究だからな」
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